• 008.くり返される骨肉の争い

008.くり返される骨肉の争い


呪われたアトレウス一族

神々を冒漬したタンタロス

長きにわたってオリンボスの神々に呪われつづけた家系、それがアトレウス一族である。その血で血で洗う凄惨な歴史は、タンタロスに始まる。
ゼウスとニンフの問の子、フリユギア王タンタロスは、よく捧げ物をしていたので、神々に好意を持たれていた。神でもないのにオリンボスの饗宴に招かれたばかりか、神の食べ物や飲み物を口にすることを許され、不死の休まで得ていた。
寵愛を受けて図にのったタンタロスは、オリンボスの食べ物を人間界に持ち込むなど、神々を軽んじはじめた。そして、ついに恐ろしいことを思いついたのである。
「そうだ、神々に人肉を食べさせてみよう。はたして獣の肉との区別がつくかどうか…?」
そして、日ごろから反抗的な恵子ベロプスを殺してその肉を煮込み、神々に供したのだ。
「うっ、なんだ、この肉は!」
さすがにゼウスをはじめとする神々は肉の正体に気づき、すぐ吐き出したが、娘をハデスに誘拐され自失状態にあったデメテルだけは、口にした肉を飲み込んでしまった。
その冒漬的な行為に激怒した神々は、タンタロスを冥府のさらに深奥部にあるタルタロスに落とした。そして、首まで水に浸ったタンタロスが沼の水を飲もうとすると水が引き、頭上の枝になる果物を取ろうとするとそれが遠ざかる、という罰を与えた。不死であるタンクロスは、永遠に渇きと飢えに苦しむことになったのだ。
なお、ベロブスを憐れに思った神々は彼を復活させ、デメテルは自分が飲み込んだ肩の肉の代わりに、象牙の肩を与えたのだった。

血に染まった鵬族の系譜

時が流れ、ベロブスはピサ王オイノマオスの娘ヒッポタメイアに求婚した。すると王は彼に戦車競走を持ちかけた。自分に勝てば王女との結婚を許すというのだ。戦いの神から贈られた馬のおかげで、王は戦車競走では不敗であった。そこでベロブスを愛する王女は御者のミュルティロスを抱き込み、父の戦車に細工をさせた。競走のさなかに戦車は転覆し、すべてを悟った王は呪いの言葉を吐いて、息絶えた。
「ミュルティロスは、ベロブスの手にかかって死ぬがよい」
この後、ミュルティロスは王女への邪恋をとげようとしてベロブスに殺される。それはまさしく王の呪いどおりの死に方だった。だが、ミュルティロスもまた、その死に際にべロブスとその子孫を呪誼し、彼の父であるヘルメスもベロブス一族に呪いをかけたのだ。
ベロブスはヒッポタメイアと結婚し王になり、アトレウスとテユエステスという双子をもうけた。

しかし、父が異母兄弟を溺愛するのを妬んだ双子はこれを殺害し、その罪でピサを追放される。
ミュケナイにやってきた双子は同国の王座を争い、その結果、兄アトレウスが勝利した。しかし、弟テユエステスが自分の妻と密通していたと知るや、アトレウスは弟の息子を殺し、その肉を料理してテユエステスに食べさせたのである。すべてを知った弟は、兄を呪いつつ逃亡した。仇を討つために、神託によりテユエステスは実の娘ベロピアを犯して恵子アイギストスを得た。だが、近親相姦の罪を嫌ったベロピアは、幼い息子を連れてミュケナイに逃れ、アトレウスの妻になる。アイギストスは王を実の父と信じて成長するのである。
時は流れ、アトレウスは他国にいるテユエステスを捕らえて連行し、アイギストスに命じた。
「この男をおまえの剣で斬れ!」
アイギストスは剣を構えたが、テユエステスが実父であることに気づき、剣の向きを変えアトレウスを突き刺した。こうして神託どおり仇は討たれ、テユエステスが王になりかわったのである。

終止符が打たれた血の連鎖

こうなるとおさまらないのは、王位を継ぐはずだったアトレウスの恵子アガメムノンだ。彼はテユエステスのもうひとりの息子タンタロスをその幼子とともに殺害。そしてタンタロスの妻だったスパルタ王女クリユタイムネストラと強引に結婚した。次にテユエステスとアイギストス父子を追放し、ミュケナイの王位を勝ちとるのである。
だが、アガメムノンとクリユタイムネストラの夫妻もまた現われていた。やがてトロイア戦争が勃発。ギリシア遠征軍の総大将となったアガメムノンは、出陣の際に順風を祈ってふたりの間にできた娘を生け資として神に捧げたのだ。娘を失った王妃は夫を憎んだ。
「あの男は実の娘を死なせて平然としている。そればかりか、私の最初の夫と幼い恵子もあの男に殺された……。いつか復讐してやる」
夫が出陣すると、彼女はアイギストスと密通した。そして戦いが終わってアガメムノンが凱旋したその日、王妃は夫に首回りと袖口を縫い合わせた下着を渡した。
「この下着は頭も腕も通らないぞー」
もがくアガメムノンをアイギストスが刺し殺した。しかしこのふたりもまた、アガメムノンの恵子オレステスによって殺されてしまうのである。
オレステスは事前にアポロンより母殺しの許可を得ていた。だが、他の神はこれを許さなかった。彼は母殺しの大罪を犯した者として女神に追いまわされ、錯乱状態に陥る。そして放浪の末にアテナイにたどりつき、裁判で無罪を勝ちとった。しかし狂気がもたらす彼の心の闇は晴れなかった。
そんな彼にアポロンが命じた。
「タウロスにあるアルテミスの聖像をアテナイに持ち帰れば、すべての神に許されるだろう」
タウロスを訪れたオレステスは、聖像を盗もうとして発見され、捕らえられた。そして神への生け染にされかけたところを、姉イブィゲネイアに救出された。オレステスは姉の助けを借りて聖像を盗み出して持ち帰り、ようやく苦しみから解放された。タンタロスに始まった神々の呪いは、ここに終止符が打たれたのだ。

 


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