004.弟の所業にあきれ果てた女神

アマテラス大神の岩戸隠れ

三賞芋の誕生

黄泉国から逃げ帰ったイヴナギ命は、
「われながら、よくあのような犠れた国に行ったものだ。身を清める頑をせねばなるまい」
と、筑紫(九州の古称) の橘の小門の阿波岐原に赴いた。そして、体についた稔れを洗い落とすことにした。すると、頑ぎ祓いのときどきに、新しい神々が次々と生まれてくることになった。その数は23柱におよんでいる。
アマテラス大神(天照大神)も、そうした過程で生まれたひとりだった。彼女は、イザナギが左目を洗ったときに生まれ出たのである。彼女の誕生の瞬間、光が天地いっぱいにあふれ、燦然と輝いたという。
ちなみに、右目を洗った際にツクヨミ命(月読のみこと命)が、鼻を洗った際にスサノオ尊(須佐之男尊)が生まれた。この3人は、以降「三貴子」と呼ばれる天津神となる。3人はいずれも優れた神だったので、イザナギは喜び、叫んだ。
「私は数多の子を生みつづけたが、ついに3柱の貰い子を得たぞ」 そして、アマテラスに命じた。
「おまえは高天原を治めよ」
次のツクヨミに告げた。
「おまえは夜の世界を治めよ」
最後に、スサノオにはこう告げた。
「おまえは海原を治めよ」

こうして3人は、父の命じるままにそれぞれの国に赴くこととなった。ところが、スサノオだけはイザナギのいうことを聞こうとしなかった。それどころか、
「私は、亡き母のいる黄泉国に行きたいのだ」 と、泣いて駄々をこねるのだった。それは、髭が伸びて胸元に届くようになるほど、長い期間だったという。だが、スサノオが泣くと、青葉の山も枯れ木の山となり、川も海も干上がってしまうのだ。しかも、この混乱に乗じて悪神たちが立ち騒ぎ、世の中に災いが起こった。
息子の見せるあまりにひどい醜態に、イザナギは激怒した。そして、
「おまえはもう、この国に住んではならぬ」 と、彼を追放したのである。

姉を悩ませたスサノオの悪行

スサノオは、姉のアマテラスに事情を話してから国を去ろうと、天に昇っていった。そのとき、山や川がことごとく鳴り響き、国土が震えたという。スサノオが昇ってくると知ったアマテラスは、彼が高天原を奪おうとしていると思い、武装して待ちかまえた。
「わが弟ながら、スサノオは悪心を持つ者。この国を奪おうとしているのに違いない」 だが、スサノオにその心はなかった。逆にふたりは、どちらの心が清らかか競うことになった。
神々を誕生させ、生まれた神の性別でどちらが清らかか決めるのである。その結果、勝負は女神が多かったスサノオの勝ちに終わった。
しかしその勝利で図に乗った彼は、とんでもない乱行をくり広げるのだった。アマテラスの田の畦を破り、水を引く溝を埋め、神殿 くそに尿をまき散らし…
各所から非難が集中しても、アマテラスはこれを告めず、逆にかばいつづけた。
「尿と見えたのは、酒に酔って反吐を吐き散らしたのだ。他人の畦を破り、水を引く溝を埋めたのも、土地を惜しんでのことだ。あの弟のしそうなことよ」
だが、しばらくは弟をかばい、その乱行に耐えていたアマテラスだったが、スサノオの悪行のため自らの機織女が死ぬにいたって、ついに恐怖にかられた。アマテラスは破れを忌む機屋で、神に献上する衣を機織女に織らせていたのだが、スサノオはその機屋の屋根に穴を開け、生きたままはいだ馬の皮を投げ入れたのだ。
機織女はこれを見て驚き、機織り用の器具で自らの体を突いて、死んでしまったのである。
事態はもはや収集がつかなくなっていた。
こうして、すべてにうんざりしたアマテラスは御殿の入口にある天岩戸を開き、閉じこもってしまったのである。

アマテラス大神の抵抗

太陽神であるアマテラスが、岩戸の中に隠れてしまったため、高天原どころか地上の葦原中国もすべて真っ暗になった。いつまでも闇夜が続くと悪神がはびこり出し、もろもろの災いが一気に起こることになる。
困りはてた神々は集まって、対策を協議することとなった。そして、知恵の神であるオモイカネ神(思兼神) の案を実行することにした。
やがて、岩戸の前は多くの貢ぎ物などで飾り立てられた。準備が整ったところで、力自慢のアメノタヂカラオ命(天手力男命)が岩戸の陰に隠れた。そして、女神のアメノウヅメ命(天宇受売命)が躍り出たのである。伏せた樽の上で踊る彼女は、興奮のあまり、いつしか半裸となり、これを見た神々は大笑いし、喝采を送った。
すると、外の騒々しさをいぶかしく思ったアマテラスが、岩戸を細めに開けていった。
「私がいないのに、神々が楽しそうにしているのはなぜか? 私が隠れたばかりに、高天原は暗闇に包まれたと思っていたが……なぜか?」
アメノウヅメは答えた。
「あなた様より尊い神がおいでになったので、みなが喜んでいます」
そして、他の神々が
「それは、この方です」
と答えると、ハ爬鏡をアマテラスに向けた。
鏡に自分自身が映ったのを見て、怪訝に思ったアマテラスが身を乗り出すと、すかさずアメノタヂカラオが彼女の手を取って、列に引き出した。
同時に、他の神々が岩戸に注連縄を張っていった。
「ここより中にお帰りになってはいけません」
かくて、世界は明るさを取り戻した。
この後、神々は協議し、悪行をしたスサノオを断罪することにした。大量の贋罪の品を科したうえに、罪を祓うために髭と手足の爪を切って、天から追放したのである。ちなみに、世界的に見ても太陽神が女神である例はない。したがって、アマテラスは希少な存在であるといえる。