020.愛の矢が招いた悲劇

月桂樹に変わったニンフ・ダフネ

ある日、アポロンは弓矢で遊んでいた幼いエロスを見かけ、いたずら小僧とからかった。奴心ったエロスは、出会った相手に恋をする矢をアポロンに、その相手を毛嫌いする矢を近くで川遊びをしていたニンフに放った。一一ンフは河の神ペネイオスの娘ダフネであった。愛の矢に射抜かれたアポロンは、タフネを見かけた瞬間、恋に落ちた。
「ああ、美しい人よ。こんな思いは初めてだ。どうか私のこの思いを受けとめておくれ」
アポロンは燃えるような恋心を、彼女に打ち明けた。しかし、相手を毛嫌いする矢で射抜かれたダフネには、まったく通じない。彼女はアポロンを無視して逃げ出した。アポロンは焦って後を追い、なおも切々と訴える。
「逃げなくてもいいではないか。怪しい者ではない、私はデルフォイのアポロンだ。少しでいいから、私と話をしておくれ」
だが、タフネにとっては、相手がアポロンであろうがだれであろうが、恋など考えるだにうとましい。ただ無言で足を速めるだけだった。
アポロンは金髪きらめく、見るも麗しい神である。彼には自分の愛が受け入れられないなど考えもつかなかった。だから、タフネの名を呼びながら、ひたすら追いかけた。
足の速いアポロン相手では無駄だとわかっていても、ダフネは必死で逃げた。しかしアポロンは、すぐ後ろまで迫ってくる。アポロンの腕が伸び、ついに追いつかれそうになったとき、ダフネは河の神である父に助けを求めた。
「お父様、助けて!」
叫びながらタフネは川に向かって走り下りた。川岸にくるとダフネの足はぴたりと止まった。
すると、彼女の爪先から根が張り出してきた。天に向かって伸ばした両手からは、するすると枝が伸び、やがて青々とした葉が芽吹き、しなやかな体は茶色の樹皮に覆われ、幹となった。
タフネはみるみるうちに、1本の月桂樹に変わっていく。悲痛な叫びを耳にした河の神ペネイオスが、娘の願いを聞き届けたのである。 アポロンはこのありさまを、呆然として見つめていたが、愛する娘が永遠に失われたのを嘆き、月桂樹に向かって語りかけた。
「ああ、美しい人よ、私のあなたへの愛は永遠に変わらない。私はあなたが変身したこの木を私の木として、愛の証にしよう」
その後、アポロンは実らなかった恋の象徴として、月桂樹の枝を編んで冠を作り、かぶるようになった。やがてその冠は、アポロンが司る音楽や詩、スポーツに優れた者たちに与えられるようになったのである。