008.その悪意で世界を滅びへと導く

悪神ロキのもたらした災い

個性的な北欧神話の神々の中でも、とくに印象的なのが火の神ロキだ。彼は巨人族の血を引きながらもオーディンの義兄弟となり、アスガルドで暮らす。機知に富み、神々の急場を幾度も助けるが、悪意に満ちたいたずらを仕掛けては、神々を混乱させ苦しめる。
また、ロキと巨人族の妻との間に生まれた子が、ミッドガルドに巻きっく大蛇ヨルムンガンド、魔狼フェンリル、冥府の女王ヘルの3人で、彼らはやがて世界を破滅させる存在となるのだ。
ロキに関する逸話に、次のようなものがある。
--あるときロキは、トールの妻の金髪を切ってしまう。そして、罰としてかつらを求めてドワーフの国を訪れる。だが、その地で宝物作りの競争を引き起こしたあげく、数々の宝物をアスガルドに持ち帰る。怒ったドワーフは彼を訴え、神々の裁定によって勝訴した。賠償としてドワーフはロキの頭を要求するが、ロキは「負けたら頭をやるとはいったが、首に傷をつけていいとは約束していないぞ」 といい負かした。このときの宝物がオーディンの槍、トールのハンマー、フレイの船などである。
このように、彼のすることは結果として神々のプラスになることもあったが、厄介事のほうが多かった。
こんな詰もある。ロキは鷹におどされ、女神イドウンが番をしていた「売春のリンゴ」を盗んだ。
リンゴは神々の若さの源であり、これを食べられなくなった神々は、腰が曲がり年老いてしまった。結局、真実は神々の知るところとなり、ロキはリンゴを取り戻しにいくのだが、アスガルドに招いた混乱は大きかった。
ところで、ロキの引き起こした最悪の事件といえば、やはりパルドルの死だろう。
ロキは事件後、神々の宴に乱入。彼の死の真相を明かすとともに、神々の過去の罪や恥辱を暴きたて、彼らに恥をかかせた。激怒した神々の復讐を恐れ、ロキは魚に変身して川に隠れた。だが、オーディンに見つかって捕らえられ、洞穴に幽閉されたのである。
ロキは恵子の腸で岩に縛られ、頭上に毒蛇をくくりつけられた。いつもは2番目の妻シギュンが器を持って、滴り落ちる蛇の毒を受けているが、その器がいっぱいになって彼女が捨てに走る問は、毒が彼の顔を直撃する。するとロキは、大地が震えるほどの大声で叫び、身をよじって苦しむのだ。
これが地上でいう地震なのである。
最終戦争ラグナロクが勃発すると、ロキは巨人族につき、怪物の子どもたちを率いて神々に戦い
を挑むのだ。

007.美しきフレイアの屈辱

ドワーフの首飾り

神々の中で最も美しいといわれるのが、フレイの双子の妹フレイアである。彼女は実の女神として美しいものを愛したが、わけても誇りにしていたのは、フリーシンガメンと呼ばれる首飾りだった。実はこれを手に入れるために、彼女はかなり屈辱的な思いを強いられたのである。
あるとき旅の途中だったフレイアは、闇の妖精
が住む国を訪れた。そして、とある工房の前を通
りかかった。覗いてみると4人のドワーフ(小人)が、見たこともないほど美しい黄金の首飾りを作っている。フレイアは、その首飾りがどうしてもほしくなった。
「お願い、それを売ってくれませんか?」
「いや、これは金になんぞ代えられんな」
「それでは、あなた方がほしいものと交摸しましょう」「わしたちがほしいのは、あんただよ」 フレイアはゾツとした。醜いドワーフと同表するなど身の毛がよだつ。とはいえ、首飾りもあきらめきれない。結局、彼女は折れた。
「しかたないわ、では順番にひとり一夜ずつ、寝屋をともにしましょう」 こうして彼女は4挽かけて4人のドワーフと同蓑し、念願の首飾りを手にしたという。
ちなみに、この首飾りはその後もロキに盗まれたり、女装したトールが結婚衣装の上からつけたりと、北欧神話のエッセンスとして随所に登場することになる。
なお、ドワーフとの一件でもわかるように、フレイアはその美貌ゆえ、さまざまな男たちに狙われる。アスガルドの城壁作りを石工に化けて請け負った巨人は、報酬として太陽と月とフレイアを求めたし、トールのハンマーを盗んだ巨人は返すかわりにフレイアとの結婚を望んだ。
それというのも、彼女はもともと多情かつ奔放であり、その色気が男性を惹きっけずにおかなかったからだ。フレイアは夫がありつつも、多くの愛人がいた。特にお気に入りだったのが人間のオッタルで、彼を猪に変身させてそれに乗って移動することもあったという。
だがその反面、彼女は夫のオーズを愛する貞淑な妻の顔も持っていた。こんな話がある。ある日、夫が旅に出たままいなくなった。フレイアは彼を捜して世界中を旅した。そして、愛する夫を思って流した彼女の涙は、地中にしみ入って黄金にな
ったとされる。
一説によると、オーズはオーディンの別名で、フレイアは彼の愛妾であったともいわれる。
フレイアは愛の女神らしく、女性の美徳と悪徳をすべて内包した女神であったといえよう。

006.恋のために大事な武器を失った

フレイの宝剣

眉目秀麗な豊餞の神フレイは、アース神族とは異なるワァン神族の出である。ふたつの神族の戦いが終結し、その和解にあたって、彼と父親の二ヨルズ、妹のフレイアがアース神族の人質となり、アスガルドに移り住んだ。
神々は光のエルフが住む国アルフヘイムをフレイに贈り、その王とした。ちなみに、フレイとフレイアは双子の神で、北欧神話随一の美男美女として知られている。
フレイは素晴らしい宝物を持っていた。まず、
空中でも海上でも高速で走る黄金の猪。次に小さくたためば懐に入り、広げれば神々全員を乗せられるほど大きくなる伸縮自在の魔法の船。
とりわけ貴重だったのが、ひとりでに敵と戦う剣と、魔法の炎にも怯えることのない名馬であった。ところが彼は、恋ゆえにこのふたつの宝物を手放してしまうのだ。
「ああ、きょうも世界は平和だな」
フレイはアスガルドから世界を眺めていた。そして、地上に視線を移して目を見張った。美しい乙女を見つけたのだ。
「まるで光り輝くように美しい…:」
一瞬でフレイは恋に落ちた。乙女は霜の巨人ギミールの娘ゲルド。そこで彼は、従者スキールニルを巨人国ヨツンヘイムに送った。
「フレイ様、恐ろしい敵国に行くのです。どうぞ、宝剣と馬を私にお貸しください」「わかった、必ず役目は果たすのだぞ」 宝剣を腰に刺し、馬に乗ったスキールニルは意気揚々と出発した。[日的のギミールの館は、だれも近寄れないように魔法の炎で囲まれている。
しかしフレイの馬は、炎をものともせず乗り越えたのだ。館に入りゲルドの前にぬかずくと、従者は口上を述べた。
「わが主人はあなた様を妻に迎えたいと望んでいます。ぜひともアスガルドにお越しください」「お断りです。なぜ私が敵国に行き、フレイと結婚しなければならないのですか?」 この答えを聞くと、従者は宝剣を抜いた。
「この剣はひとりでに相手を殺します。拒絶なさると、あなたと父上の命はありませんぞ」「絶対に嫌です!」
「断れば、恐ろしい呪誼をかけますぞ」
ゲルドはついにあきらめ、泣く泣くフレイのもとに行くことを承諾したのである。
ちなみにこの後、どんないきさつで剣と馬がな
くなったかは不明である。散逸した神話の中に、関連する話がまぎれているという説もある。
ともあれ、フレイは愛しいゲルドを手に入れた代償として宝剣を失い、それゆえ巨人たちとの最終戦争である一フグナロクの際に、鹿の角で戦うはめに陥ったのである。

005.悪神ロキの好計が招いた

パルドルの死

パルドルはオーディンと妻フリックの間に生まれた、美しく賢く優しい若者だった。万人に愛された彼が行くところは、すべて喜びと光が溢れていたのである。
だが彼は、夜ごと自分の命が危機にさらされる悪夢を見るようになる。これを心配した母は、世界中のすべてのものに、恵子を傷つけないように頼んだ。鳥や獣などの生物はもちろん、火や水や病気など命のないものにさえ頼んだのである。
彼らもこれに応えて誓った。
「決してパルドル様には危害を与えません」
こうして彼は、あらゆる危険から免れる体になったのだ。
あるとき神々は、そんなパルドルにさまざまなものを投げるという遊びに興じていた。誓いのおかげで、槍を投げても矢を射ても彼には刺さらない。これを見て、悪だくみにたけたロキは、なんとか彼を傷つける方法はないかと考えた。
そこで老婆に姿を変え、フリックを訪ねて探りを入れたのだ。ロキは尋ねた。
「不思議なことに、何をぶつけてもパルドル様には当たらないのですよ。なぜでしょうね?」「当然ですよ、世界中のものが恵子を傷つけないと誓ったのですから。ただ、ヤドリギだけはまだ幼すぎて、誓いを立てさせるのは無理でしたけどね・…⊥ 耳寄りの情報を聞いたロキは、さっそく小さなヤドリギを抜くと先を尖らせ、パルドルの兄弟で、盲目のために遊びの輪から外れていたへズルに近づいた。
「なぜ、きみは投げないんだい?」
「目が見えないし、武器も持ってないもの」
「なんだ、それならこの棒を使えばいい」
へズルはロキに騙され、彼が指示する方向にヤドリギを投げた。棒は一直線に飛んでパルドルの胸を貫き、その命を奪った。
嘆き悲しんだフリックは、だれか冥府からパルドルを連れ帰ってほしいと願った。これに応えたのが、剛勇ヘルモッドであった。彼は冥府へ向かい、女王ヘルにパルドルを復活させるよう頼んだ。
ヘルは答えた。
「地上のだれもが彼の死 いたを悼んで泣いているというなら、生き返らせてやろう」 ヘルモッドがヘルの言葉を伝えると、神々は世界中に使いを出し、パルドルのために泣くように訴えた。すると、本当に全世界のあらゆる生物や無生物が泣き出したのである。
ところがただひとり、洞窟にいた老婆だけが泣かなかった。このためパルドルは、冥府にとどまることになったのだ。もちろん老婆の正体はロキで、このことから彼はやがて神々に捕らえられ、罰を受けることになるのである。

004.雨族の威信を賭けた一騎討ち

雷神トールと巨人の闘い

アスガルドの神々の中で一番の豪傑といえば、赤髭の巨漢トールだろう。その怪力を示す逸話には事欠かない。
オーディンが駿馬スレイプニールに乗り、霜の巨人が住むヨツンヘイムを通りかかったときのこと。巨人フルンクニールが声をかけた。
「よい馬に乗っているが、わしの黄金のたてがみを持つ牝馬のほうが、もっと名馬だな!」 そして、フルンクニールは愛馬に飛び乗り、オーディンを追いかけた。オーデインはアスガルドの門に向かって馬を駆る。
だが、オーディンが入った後、門が閉じられる寸前、巨人も中に飛び込んだ。入ったからには、巨人といえども客人である。しかたなく神々は酒を勧めて歓待した。酔った巨人は思わずロを滑らせてしまう。
「わしは無敵だ。アスガルドの神々など皆殺しにして、いつかこの国を手に入れてやる」 これには神々も怒りを露にし、トールが呼ばれた。そして後日、彼は巨人と決闘することになったのだ。
フルンクニールは石の頭、石の心臓、石の楯を持ち、武器は巨大な火打ち石。一方トールの最大の武器は、投げれば敵を撃った後に手元に戻り、掲げれば雷を落とすミヨルニールというハンマⅠだ。そこで巨人たちは士をこね、身長9マイル(約14キロ)、肩幅3マイル(約4・8キロ)もある巨人を作り、牝馬の心臓を入れて従者とした。対するトールの従者は、切れ者のシァルファイである。
決戦のとき、シァルファイは叫んだ。
「フルンクニール! おまえの自慢の楯は、なんの役にも立つまい。トール様は武器を足元に向かって投げるはずだからな」
巨人はあせって足をかばい、楯を大地に置いた。楯を放したフルンクニールに、トールは二元に襲いかかった。牝馬の心臓しかもちあわせない巨人の従者は、主人の危機にもかかわらず、恐怖にかられ逃げ出してしまった。
トールのハンマーはフルンクニールの武器とぶつかって、激しい火花を散らした。火打石は粉々に砕け、神の鉄槌は巨人の頭を打ち砕いた。こうしてトールは一騎討ちに勝利したのだ。
ところが、倒れた巨人の下敷きになったトールは、身動きがとれない。そこにやってきたのが、トールの息子マク二だ。息子は巨人の体を軽々と動かし、父を救出した後にこういった。
「こんな巨人は、私の拳でやっつけたのに」
このマク二、このときわずか生後3日目だったというから驚きである。トールは喜び、巨人の愛馬(黄金のたてがみ)を与えたという。

003.神々の国に君臨する最高神

知識と片目を引き換えたオーディン

オーディンは、巨人ユミルの体から世界を創造した北欧神話の主神だ。神々の住むアスガルドと人間の住むミッドガルドを支配している。
彼は戦争と死の神、知識と詩文の神、また魔術をも自在に操る神だ。彼の姿は長い白髭をたくわえ、つばの広い帽子をかぶり、槍を持った老人として表される。片方の目はつぶれているが、もう一方の目は真実を見抜く鋭い光を放っている。
実は彼が隻眼(せきがん)となったのには理由があった。
世界の中心にはユクドラシルがあり、宇宙を買いてそびえている。この木の根元にはふたつの泉があった。ひとつはウルズの泉で、3姉妹の女神たちが泉から水を汲んではユクドラシルにかけ、枯れないように守っている。
もうひとつはミーミルの泉で、知恵と知識が蓄えられている。番人である巨人ミ-三ルは、泉の水を飲んでいたので、だれよりも賢い。
そんなミーミルの泉を、オーディンが訪れた。
彼は知識を求めて世界中を旅していたが、さらに賢くなりたいと考えたのだ。そこでミーミルに、「ひと口でよいのだ、わしにこの泉の水を飲ませてはくれまいか?」 と頼んだ。だが、巨人は拒絶した。
「おいそれと飲ますわけにはいかん」
「では、どうすれば水をくれるのかな?」
「おまえの目をひとつもらおう」
どうしても賢くなりたかったオーディンは、すぐさま片方の目をえぐり出し、ミ-ミルに差し出した。こうしてオーディンは隻眼となったのだ。
だが、片目を犠牲にして泉の水を飲んだオーディンは、より賢くなったのである。
オーディンはまた、ルーン文字を発明した。そして、そのために文字の秘密を知ろうと、9夜9日にわたる荒行を行ったのである。それは世界樹に首を吊るして苦しみながら、さらに椙で自分の体を貫くという凄まじいものであった。
なお、日ごろウルハラ宮殿の玉座に座り、全世界を見わたすオーディンの肩には、ブギン(思考)とムニン(記憶)と呼ばれる2羽の烏が止まっている。彼らは世界中を飛び回って情報を集め、オーディンに報告するのだ。
一方でオーディンは、勇敢に戦って死んだ戦士の魂を集め、ウルハラ宮殿に住まわせていた。そこでは日夜、激しい戦闘訓練が行われる。だが、敗れた者も日没とともに廷り、夜毎に宴会が催されるのだった。
オーディンにとって、世界を見張ることも戦闘訓練も、すべて来るべき巨人たちとの最終決戦に備えてのことであった。

002.北欧神話の中核をなすモチーフ

世界樹ユグドラシルと且属麻原

北欧神話の世界には、宇宙の中心にあってこの世界を支えている巨大な樹木という壮大なモチーフが登場する。
それが「ユクドラシル」だ。
ユクドラシルは、オーディンら3人の神によって殺害された原初の巨人ユミルの体から生えだした巨木である。
この木はトネリコとされており、ユクドラシルとは「オーディンの神の馬」という意味だという。なお『古エッタ』によれば、ユクドラシルの広く張り出した3本の根が伸びた先には、以下のような9つの世界がある。
①アスガルド/アース神族の神々が住む領域。オーディンの居住するウルハラ宮殿などがある。
②ヴアナヘイム/アース神族と敵対し、後に和解したヴアン神族の神々が住む領域。
③アルフヘイム/天空近くにあり、光のエルフたちが住む領域。
④スヴアルトアルフヘイム/地下にあり、闇のエルフたちが住む領域。
⑤ミッドガルド/人間が住む領域。北欧諸国の王たちが統治している。
⑥ヨツンヘイム/霜の巨人たちと丘の巨人たちが住む領域。
⑦ムスペルヘイム/南方の炎の領域。炎の巨人たちが住む。
⑧ヘルヘイム/死者たちの領域。冥府の女王ヘルが君臨する。地獄=ヘルの語源でもある。
⑨ニブルヘイム/北方の氷の領域。ユクドラシルの根をかじる二ドペグと呼ばれる蛇が棲息。
この他、ユグドラシルには3つの魔法の泉がある。ヨツンヘイムに向かう根にあるミーミルの泉、アスガルドに向かう根にあるウルズの泉、二ブルヘイムに存在し、二ドペグと呼ばれる蛇が棲息するフヴ工ルゲルミルがそれである。
なお、この巨木にはさまざまな生き物が寄生している。ウルズの泉には2羽の白鳥がいるし、梢には巨大な鷲がいて、その羽ばたきで世界に鳳を送り込んでいる。この鷲はフヴ工ルゲルミルに寄生する蛇と敵対しているとされる。というのも、両者の問を行き来して、互いの悪口を吹聴しているリスがいるからである。
さらに、枝と枝の間では常に4頭の鹿が走りまわり、その葉を食い荒らしている。梢の頂に棲息する雄鶏はその場き声で神々の眠りを覚まし、悪霊を追い払う。ちなみにこの雄鶏は光り輝いており、その光で世界を照らしているのだ。
一方、ユクドープシルに支えられた世界の周辺には大洋が広がっている。そして、その大海には、自らの尾をくわえ込んで世界をぐるりと取り囲む、大蛇ヨルムンガンドが棲息しているといわれる。

001.解体された巨人ユミル

天地創造と人類の起源

太古の苗、二ヴルヘイムの氷とムスペルヘイムの炎だけがあった。そのふたつがぶつかり合ったところで、雌雄同体の原初の巨人ユミルと、彼をその乳で養うことになる雌牛アウズンブラが生まれた。やがて、ユミルの体から多くの邪悪な巨人たちが誕生した。その一方、アウズンブラが餌代わりになめていた氷からは、プーリという神が現れた。そしてプーリの一族ボルは、ユミルが生んだ巨人族の娘と結婚した。
このふたりから生まれたのがオーディン、ヴィリ、ヴエーという3人の神である。
3人は力を合わせ、悪しき巨人の祖ユミルを殺害した。そのときに流されたユミルの血は大洪水を引きおこし、男女ひと組を残して巨人族を絶滅させてしまった。だが、そのひと組が後の巨人たちの祖となり、やがて神々と対立するのだ。ちなみに、彼らは世界の辺境であるヨツンヘイムと呼ばれる領域に住むようになる。
オーディンらはユミルの体を使って世界を創造した。その体を粉末にして土壌とし、腐敗した肉から小人(エルフ)たちをも生み出した。これらエルフたちには光の存在と闇の存在があり、光のエルフたちは妖精と呼ばれ、天に近い存在に、邪悪な性質を持った闇のエルフたちは地下世界に住むことになったのである。
さらに3人の神はユミルの骨を山とし、脳髄を空にまき散らして雲とした。毛髪は大地を覆う木や草を作り出す材料となった。血から海や川を、頭蓋骨から天を作り、東西南北に4人の小人を配し、それを支えさせた。
また、ムスペルヘイムから飛んできた火の粉を使って太陽や月、星を造った。
これらは規則正しく運行するように定められ、世界に昼と夜や季節が生まれることになったのだ。
並行して神々は、自分たちの領域をも造った。大地の中央に造られたそれはアスガルドと呼ばれ、オーディンの住居であるウルハラ宮殿をはじめとする神々の館が建てられた。その中央には、世界樹ユクドラシル(後述)がそびえ、宇宙全体を支えているのだ。
そして、世界は人類の誕生を迎える。 あるとき3人の神は、浜辺を歩いていた。そしてトネリコとニワトコの流木を見つけた。
彼らはトネリコから男を、ニワトコから女を造った。
アスクと工ムブラと名づけられた彼らこそが、最初の人類であった。
神々はさらにユミルの陰毛を使い、人間たちが暮らす領域ミッドガルドを造り上げたのである。

022.夜空を彩るファンタジー

星座の神話

おおくま座

大神ゼウスは、狩猟の女神アルテミスのニンフ、力リストに目をつけた。何とか口説こうとしたが、主人が処女神だけに力リスト自身も処女を誓っている。そこでゼウスはアルテミスに化身して近づき、思いをとげた。その結果、彼女は処女を失っただけでなく、ゼウスの子を身ごもってしまうのである。
この事実をアルテミスにひた隠しにしていたカリストだったが、後日すべてが露顕してしまう。
「力リスト、なんじゃその腹は? 汚らわしい、すぐさま出てお行き!」
追放された力リストはやがて息子アルカスを生むが、それを知ったゼウスの妻ヘラは憎しみのあまり、彼女の髪をつかんで地に叩きつけた。許しを乞うて差しのべられたカリストの手は黒い毛に覆われていた。ヘラが彼女を熊に変えたのだ。獣になったカリストは、森の奥深くに姿を消した。
時が流れ、青年となったアルカスが森で狩りをしていたとき、1匹の牝熊に出会う。その熊こそ彼の母親だった。何も知らないアルカスは迷わず槍を突き出した。次の瞬間、ふたりの姿は消えた。
母子を哀れんだゼウスが天上に上げ、力リストをおおぐま座、アルカスをこぐま座としたのだ。
憎い母子が塁になったことを知ったヘラは、虫がおさまらず、
「あの者らが水浴びできないようにしておくれ」
と海神ポセイドンに頼んだ。そんなわけで、このふたつの星座は、決して水平線に沈んで海に入ることはできないのだという。

アンドロメダ座
メドゥーサの首を取ったペルセウスが空飛ぶ靴をはき、帰路についたときのこと。下界を見ると、海上に突き出た岩に、ひとりの乙女が縛りつけられている。ペルセウスは舞い下りて声をかけた。
「美しい娘さん、いったいどうしたのですか?」
「私は怪物の生け贅にされるのです……」
娘はエチオピアの王女アンドロメダであった。彼女の母が、娘の美貌は海のニンフよりまさるとといったため神々の怒りをかい、恐ろしい海の怪物の生け執具にされるのだという。
ペルセウスはこの乙女を助け出す決心をした。そのとき海面が大きくうねり、鯨の怪物が海上に顔を出した。そして大きな口を開け、ふたりに迫ってくる。ペルセウスはすかさず袋からメドゥーサの首を取り出し、怪物に突きつけた。すると、たちまち怪物は大きな岩になったのである。崖の上からすべてを見ていた国王夫妻は泣いて喜んだ。
ペルセウスは救出したアンドロメダと結婚した。
彼女はその生涯を終えると、天に召されて星になった。そばには常に、ペルセウス座が輝いているのである。

おうし座
フェニキア王女エウロパは、海辺近くで侍女たちと花を摘んでいた。オリンボスから下界を見ていたゼウスは、ひときわ目立つ美貌のエウロパに目をとめた。そこにエロスが愛の矢を射たため、ゼウスはたちまち恋の虜なったのである。
(うまく近づく方法はないかな? そうだー!)
ゼウスは白く美しい雄牛に変身すると娘たちに近づいた。それを見た娘たちは、この純白の牛と喜んで一緒に遊びはじめたのである。ところがエウロパがその背に乗ると、牛の歩みは急に速くなった。彼女は驚いて下りようとしたが、牛は海に入り、ぐんぐん泳ぎはじめた。エウロパはそのままクレタ島まで連れ去られてしまったのだ。
「怖がることはない、私はゼウスである」
島に着くとゼウスはエウロパにこう告げて真の姿を現し、彼女と結婚した。ふたりの間には、後にクレタ島の王となるミノスなどの子が生まれる。
その後ゼウスは再び白い雄牛へと姿を変えて天に上がり、おうし座となった。連れ去るときに雄牛が駆け回った地域は、彼女の名にちなみ、やがてヨーロッパと呼ばれるようになったのである。

オリオン座
オリオンは海神ポセイドン、もしくは大地の女神ガイアの恵子といわれる偉丈夫で、狩猟の達人だった。彼はキオス島の王の娘メロペに恋し、獲物をせっせと彼女のもとに運んだ。王は島を荒らす獅子を殺してくれたら、娘をやろうと約束する。
オリオンは難なく獅子を退治した。ところが王は、何かと口実を設けて結婚を先延ばしにした。しびれを切らしたオリオンは、酒に酔った勢いでメロペを犯す。王は激怒し、オリオンの目を刺して盲目にした。オリオンはその後、神託を受ける。
「東の島で朝日を浴びれば視力が回復する」
そこで苦労しつつ東に向かったところ、日光を浴びて視力が回復したのだ。後に彼はクレタ島に渡り、その地で狩猟の女神アルテミスの従者となった。だが、暁の女神エオスと彼が恋仲になったのを知ったアルテミスは怒り、彼を射殺する。ゼウスはそんなオリオンを天に上げ、星座にした。
別の神話によると、武勲を立て人々の称賛を浴びていたオリオンは、自分の存在は神々にも比肩しうると豪語した。彼の倣慢を神々が許さず、オリオンは女神ヘラの放った蠍に刺されて死んだ。なお、この功績で蠍は星座になっている。オリオンも星座になったものの、蠍を恐れて逃げ回り、さそり座が西へ沈むまで東から現れず、さそり座が東の空から現れると、西へ沈むといわれている。

021.美の女神の悲しき恋

アネモネになった少年アドニス

「シリア王の娘ミュラは、実の女神より美しいそうだぞ」
人間たちの噂を聞いたアフロディテは激怒し、恵子エロスに命じて、ミュラが父を恋するように仕向けた。愛の矢を受けて父に邪恋を抱いたミュラは、闇にまぎれて一夜をともにする。
相手が娘だと気づいた父王は怒り、彼女を殺そうとした。城から逃げ出したミュラは荒野をさまよい、やがて1本の木と化す。月満ちてその木が裂け、生まれたのが男児のアドニスだった。
赤子を取りあげたアフロディテは、冥府の女王ベルセフォネの館を訪れた。
「この子をしばらく預かっていただきたいの。必ず迎えにくるから」

こうして赤子は冥府で養育されることとなった。
やがてアドニスは、輝くばかりに美しい少年に成長した。こうなるとべルセフォネは、アドニスを手放すのが惜しくなってきた。迎えにきたアフロディテは少年を返さないベルセフォネに困り果て、ゼウスに裁きをゆだねる。その結果、1年の3分の1ずつをそれぞれの女神のもとで過ごし、残りはアドニスの自由にさせることが決まった。
少年は自由になる期間もアフロディテと過ごすことを望んだ。こうして1年の3分の2を、ふたりはともに過ごすことになったのだ。アドニスと一緒に暮らすうちに、戯れの恋に慣れていたはずのアフロディテが本気になった。少年は狩りが好きで毎日、獲物を追って野山を駆け回っていたため、アフロディテは心配でたまらない。
「狩りは危険だからおやめなさい」
しかしアド一一スは聞き入れなかった。一方ベルセフォネは、少年が自分よりもアフロディテを選んだことが面白くなかった。そこでアフロディテの情人である戦いの神アレスに、こっそり告げ口をした。
「あなたという恋人がいるのに、彼女は人間の少年に夢中になっていますよ」
腹を立てたアレスは、狩りをしている少年の前に大きな猪を放った。アドニスは焦って槍を突き出したが、猪に致命傷を与えることができない。
逆に手負いとなった猪は彼めがけて突進し、鋭い牙でその体を突き刺したのである。アドニスは悲鳴を上げてその場に倒れた。
白鳥が引く二輪車に乗って空を飛んでいたアフロディテは、悲鳴を聞いて急いで駆けつけた。
しかし女神が目にしたのは、血に染まって死んでいる愛しい少年の姿であった。女神は少年の体を抱き、涙にくれた。アドニスの血がこぼれた大地には、やがて血のように真っ赤な花が咲いた。後にこの花は、アネモネと呼ばれるようになる。