006.シヴァとサティーの悲恋物語

猛火に自ら身を投じた美女

ブラフマーの子どものひとり、タクシャにはサティーという美しい娘がいた。彼女が適齢期に達すると、(婿選びの儀式)のために大勢の神が集められた。サティーが気に入った神に花輪をかけると、その相手との結婚が決まるのである。
だが、この儀式にタクシャはシヴァだけは招待しなかった。魔物たちを従えた破壊と残虐の塊のような恐ろしい神が自分の婿になるなど、とんでもないことだったからだ。
ところが、父親は気づいていなかったが、実はサティーの心はシヴァだけに向けられていたのである。彼女は、その場にいないにもかかわらず、悲しみのうちにシヴァだけを念じて、天に花輪を投げた。すると突然、シヴァが出現して、花輪は
その首にかけられたのだ。サティーは天にも昇る心地だった。タクシャも儀式として成立してしまった以上、認めざるを得ない。
だが、ふたりが結婚して以降も、タクシャはことあるごとに不満を露わにしつづけた。
ある日、タクシャは妻とともに、シヴァの住まいを訪れた。シヴァとサティ1はふたりを精いっぱいもてなしたが、タクシャはまったく満足せず、不快な顔をしたまま帰ってしまった。
その後、タクシャは神々を招いて盛大な供犠祭を催したが、彼はまたも婿であるシヴァを招待しなかった。サティーは夫の名誉のために、父に強く抗議したが、逆に馬鹿にされるありさまだった。
そのあまりにひどい仕打ちに、サティーは打ちのめされ、嘆いた。そして燃えさかる火に、自らの体を投じてしまったのである。
これを知ったシヴァは激怒し、タクシャの供犠祭が行われている場所に乗り込み、すべてを徹底的に破壊した。そして、妻を失った悲しみのあまり、狂気にとりつかれてしまうのである。
この後、シヴァはサティーの遺体を抱いて各地を放浪し、多くの都市を破壊した。だが、シヴァのあまりの暴挙を見かねたヴィシュヌは、自らの武器である円盤を投げてサティーの遺体を細かく切り刻んだ。事ここにおよんで、シヴァはやっと正気を取り戻したのである。
なお、サティーの遺体の肉片が落ちた場所はすべて聖地となり、肉片ひとつひとつが土着の女神として再生した。シヴァにとっては、それらはすべてサティーであった。そのため、シヴァには何百人もの妃がいるのである。
またサティーは、ヒマラヤの神の娘パールヴアティーとして生まれ変わり、女性を受け入れまいとするシヴァのかたくなな心を解いて、新たな妃となった。

005.太陽神の息子ヤマの意外な経歴

閻魔大王となった最初の人間

太陽神の息子で 『リグ・ヴエー夕』 では当初、天に属していたが、妹とともに「最初の人間」という地位を与えられたのがヤマだ。そのため彼は必然的に「最初に死んだ人間」ということになった。
さらに「死者の道」を発見したことによって、死者の国の王としても君臨することになったのだ。
ヤマの起源は、紀元前1000年ごろに書かれたとされる、ゾロアスター教の聖典『アウェスタ』にある。この中に登場する聖王イマが最初の人間、そして理想的な統治者として、ヤマに対応しているのである。ただし、この『アヴェスタ』はもとより「ヴエーダ」聖典にも、ヤマ(=イマ)が死者を裁いたという記述は見当たらない。実際「ヴェー夕」時代のヤマは、祖霊たちが暮らす天国ピトリスの、優しくおおらかな支配者だったらしい。死者たちにとってピトリスの宮殿はまばゆいばかりの美しさで、まさしく楽園だったのだ。
ところがそれが、『ラーマーヤナ』や 『マハーバーラタ』 などの叙事詩の時代になると、一変した。
死者たちの国も天界から地底に移った。優しかったヤマも、人間の死後に生前の行いを記録し、それを裁くという厳格なものになった。
死後の世界の管理者となったヤマは王冠をかぶり、体は青または緑色。血のような赤い衣を身にまとい、手には矛と縄を持っている。乗り物は水牛か野牛だ。さらに、彼につき従うのは2匹の犬。
4つの目をもつ彼らはその鋭い嗅覚で死すべき人間のにおいをかぎつけ、ヤマの元へ連れてくる。
死者はヤマの下す恐ろしい判決を震えながら闇
くのである。
ところで彼から、つまり「死」から逃れる方法がひとつだけある。それは≡神一体の神々=シヴァ、ウィシュヌ、ブラフマーを信仰することだ。
強大な権力を持つヤマも、この3人には逆らえない。こんな神話がある。
- あるとき、シヴァを信仰する男が死に瀕していた。ヤマは彼を死の国に誘おうとするが、男はリンガ像をつかんで抵抗した。立腹したヤマは、像ごと彼を死者の国に連行しようとした。
これを見たシヴァは激怒した。そして
「私の象徴を侮辱するとは何事か?」
と、ヤマを蹴り殺してしまったのだ。
ところが、ヤマが不在となった世界は大混乱に陥った。死者がいなくなったため、人間であふれてしまったのである。困り果てたシヴァは結局、ヤマを復活させざるを得なかったという。
後にヤマは仏教に習合され「閻魔」となった。

004.シヴァと並ぶ最高神

10のアヴァターラを持つヴィシュヌ

三神一体のなかで、シヴァと双璧の力を誇る強大な神がヴィシュヌだ。その名は太陽の光と輝きを神格化したもので、サンスクリット語の「あまねく世界に広がる」という言葉が語源になっているという。もともと起源の古い神で、聖典「ヴエー夕」には、ウィシュヌは天、空、地をわずか3歩で歩く神として記録されている。
なお、ウィシュヌ派の神話によると、宇国ができる前の混沌の時代、ヴィシュヌは竜王をベッドとして眠っており、彼のへそに咲いた蓮の花からブラフマーが、そのブラフマーの額からシヴァが生まれたという。
日ごろはメール山に妻のラクシュミーとともに住むとされるヴィシュヌは、しばしば青黒い肌、
4本の腕をもつ美青年として描かれる。そして、
右上手にウィシュヌの象徴であるチャクラ(円盤)、右下手に力ウモーダキー(棍棒)、左上手にパンチャジャナ(法螺貝)、左下手に蓮の花を持っている。

愛用の乗り物は、太陽の鳥といわれる聖鳥ガルーダだ。
彼はまた、温厚かつ公正であり、慈悲深く、信じる者には必ず恩恵を与えるとされる。同時に、この世が危機に陥ったときにはさまざまなものに変化して、善が常に悪 に勝つように、そして全世界を維持し、修復する ために働くのだ。
このヴィシュヌの本質が変化した姿 - 化身は 「アヴァターラ」と呼ばれ、10種類ある。
ブラフマーが創造し、ウィシュヌが維持し、シヴァが破壊するとされるヒンドゥー教の世界で、アヴァターラとは何だったのか? おそらく、いずれももとは古くからの各種族の神々であり、ウィシュヌはそれらに対する信仰を取り込んで成長した、l種の複合神だったのだろう。以下、10種のアヴァターラだ。
①マツヤ ②クールマ ③ヴアラーハ/あるとき大地が、魔神の力で水底に引きずり込まれた。神々はヴィシュヌに助けを求め、それに応じた彼は巨大猪ヴァラーハヘと化身した。無敵の強さを誇るヴァラーハは水中に飛び込み、戦いの末に魔神を棍棒で打ち殺した。そして、牙で大地を支えながら、水中から引き上げたという。
④ナラシンハ/ヴァラーハに退治された魔神には兄弟がいた。彼はウィシュヌヘの復讐を誓い、苦行を重ねた。ブラフマーはそんな魔神に、人間にも獣にも殺されない不死身の体を与えた。
ところが、自分の恵子がヴィシュヌの信者と知り、魔神は激怒した。そして自らの手で恵子を殺そうとしたところ、獅子の頭に体が人間というナラシンハが出現。魔神を食い殺した。人間にも獣にも殺されない魔神のために、ヴィシュヌはそのどちらでもない姿に化身したのだ。
⑤ヴァーマナ/魔王バリが三界を制圧したことがあった。バラモン (祭祀階級) の少年僧に化身したヴィシュヌがバリの宮殿に赴くと、バリはその実しさを賛美し、何でも願いをかなえようといった。少年僧は「3歩で歩ける距離の土地をくださ
い」と答える。バリが承諾するのを聞くや、彼は
突如、巨大化して本来の姿に戻り、3歩で天、空、地を歩いて三界を奪還したのである。ちなみに、ヴァーマナとは「矯人」すなわち身長の低い人という意味。
⑥パラシュラーマ/この名は「斧を持つラーマ」の意味で、7番目のアヴァターラのラーマとは別のもの。かつてクシャトリア (王侯・武士階級)が勢力を伸ばし、政治世界を制圧したことがあった。ヴイシュヌは神々とバラモン、民衆を守るために、聖仙ブリグ族のひとりとして出生。シヴァから斧を授けられた彼は、やがてその達人となった。そして、クシャトリアに殺された父の仇を討ち、彼らを全滅させて、バラモンの地位を回復したのである。
⑦ラーマ/あるとき、悪魔ラーヴァナが力を得て、神々を苦しめた。そこでウィシュヌが人間の姿に化身して、ラーヴァナと戦うことになった。叙事詩『ラーマーヤナ』 は、ラーマ王子として生まれたヴィシュヌが、悪魔に誘拐された妻を奪還すべく、奮闘する物語だ。なお、ラーマの妻シーターはウィシュヌの妻ラクシュミーの化身とされ、ラーヴァナとの戦いでラーマに協力する彼の3人の異母兄弟も、ウィシュヌの化身である。
⑧クリシュナ/クリシュナとは「黒い神」の意。
名前のとおり青黒い肌をもつ男性として描かれることが多い。ヴィシュヌのアヴァターラの中で、最も民衆に愛されている英雄である。彼は実在した可能性が高く、死後に神格化されたらしい。
神話によると、クリシュナは悪王カンサを滅ぼすために、ヴィシュヌの化身としてこの世に生まれた。幼児のころから多くの奇跡を現出し、長じて後はその実貌ゆえにいくつもの恋愛講の主人公となるなど、彼に関する話は多い。
⑨ブッダ/仏教の創始者ブツダは民衆に悪の道を説いた存在とされ、正しい道に気づかせるための、いわば反面教師的なアヴァターラ。神々が魔神たちと戦って負け、世が乱れた。ヴィシュヌはシッダールタ太子(後のブツダ)として生まれ、人々に知悪や祭祀、階級制度を捨てさせるなどの悪の道を説いた。そのため魔神たちはブツダに帰依し、最下層の人々とも一緒に暮らすようになった。
こうして誤った考えをもった彼らは、地獄がふさわしい存在となったのだ。
⑩カルキ/悪徳と蛮行がはびこる「カリ・ユガ」と呼ばれる時代。この最悪の時代にヴィシュヌは力ルキに化身して出現する。現世から悪魔や魔神たちを駆逐して、正しい知恵と信仰を取り戻すためだ。カルキは白馬に乗った英雄、または白い馬頭の巨人で表されることが多い。なお、⑨のブツダの時代がこのカリ・ユガに相当するという「プラナー」の記述もあり、それによると、ブツダに帰依した魔神たちを滅ぼしたのは、カルキだという。

003.三神一体のひとり

権威を失墜した創造神ブラフマー

シヴァ、ヴィシュヌとともに、ヒンドゥー教の三神一体を構成する神のひとりで、「世界の創造」を司るという、きわめて重要な役割をもっていた神がブラフマーである。
「ヴエー夕」時代には、聖典に内在する神秘的な力を表す非人桔的な原理(ブラフマン)として用いられていた。宗教哲学書「ウパニシャッド」が重視される時代になると、宇宙の根本原理として位置づけられ、人格化されて、ブラフマーとなったのである。
ふつうその姿は、赤い体に白衣、4つの顔、4本の手に水士軍数珠、芽、聖典『リグ・ヴェ-ダ』を持ち、水鳥に乗った姿で描かれる。白い髭の老人で表されることも多い。妻は知恵と学問の女神
サラスヴァティーである。
彼がかかわった創造神話は次のようなものだ。
宇宙に何もなかった時代のことだ。スヴァヤンプー(自ら生まれる者)は、水を作って種子をひとつまいた。ヒラニヤガルハ (黄金の卵) である。
ブラフマンはこの卵のなかで成長した。そして1年後、卵を半分に割り、それぞれの半分から天や地などを生んだ。その後、ブラフマーは自分が生んだ女神サラスヴァティーと夫婦となり、人間を作り出す。なお、人間に吉葉や物事の識別能力を与えたのは妻の女神だという。
これでもわかるように、彼は当初は確かに最高神であり、神話の中にも彼の命令でシヴァやヴィシュヌが魔神退治に出動する話が多い。

だが、ウパニシャッドが語る宇宙の根本原理についての哲学は、あまりにも抽象的でむずかしい。
そのため、シヴァとヴィシュヌが具体的な英雄として民衆に支持されるにしたがって、ブラフマーの神としての地位は下がっていった。
それを証明するかのように、その後の神話では、ブラフマーの地位をシヴァやヴィシュヌより一段下に置いたものが多くなっていく。
たとえば、ヴィシュヌ派の神話の中では、ブラフマーはヴィシュヌのへそに咲いた蓮の花から生まれたとされている。
また、宇宙の創造はシヴァのリンガが行い、ブラフマーはそれを賛美したとまで書かれている。
さらに、ブラフマーの顔は本当は5つあったのだが、無礼な話し方をしたという理由でシヴァの怒りに触れ、彼の爪で首をひとつ切り落とされたという詰まであるのだ。
民衆にとっては、単純で明快な現世利益を与えてくれる神のほうが信仰しやすいのは当然だろう。
なお、ブラフマーは仏教に取り入れられた後は「梵天」と呼ばれ、上方を守る仏法の守護神となった。

002.インド神話の最高神

破壊と再生の神シヴァ

ヒマラヤの聖地力イラース山頂で苦行をしているのが、三神一体のひとりで破壊と再生の最高神シヴァだ。
このときのシヴァは、裸体に虎の皮を腰にまとい、首に蛇を巻きつけ、伸ばした髪を頭上に結い上げた苦行者の姿で描かれる。醸には3本の横線が引かれ、手には三叉の武器リシュールを持っている。
シヴァとは「吉祥」という意味だが、彼はまた、ヒンドゥーの神々の中でも最も多い別名を持つ。とくに有名なものに、バイラヴァ(恐怖の殺識者)、マハーデーヴァ(偉大なる神)、パシュパティ (家畜の王)、シャンカラ(恩恵を与える者)などがあるが、このシャンカラの名が生産や生殖を司る神とされたので、リンガ (男根) への崇拝が生まれたのである。ナタラージャ (踊りの王)などの名もあり、広い神格を与えられているのも特徴だ。
以下は、シヴァにまつわるいくつかの神話だ。
- 世界周期の終わりに際し、ブラフマーとヴィシュヌが、ともに自らを「世界の創造主」と名のって争っていたとき、巨大な火炎を放ったリンガが襲来した。ふたりがその偉大さを認めて賛歌を唱えると、リンガの中から3つの目、千手と千足をもつシヴァが出現した。
- ある偉大な王が、6万人の先祖の王子を供養するために苦行をした。それを知ったブラフマーは、聖なる天の川ガンジスを地上に流す許可を与えた。だが地上に直接流すと、人間たちに多くの被害を与える。そこでシヴァに祈ると、彼はその豊かな髪で川の流れを受けとめることを約束した。こうしてガンジスの奔流はシヴァの髪で弱められ、7つの支流となって大陸を流れた。これに
よって人間たちや生き物たちが潤い、樹木や葦原までもが恩恵を受けた。
- 巨人魔族の3人の魔王が、三界を征服してそれぞれ都を建造し、圧政を敷いた。神々は魔王たちに勝てるのはシヴァのみなので、彼に3人の退治を頼んだ。シヴァは答えた。
「私の力だけでは無理だ。すべての神々の力を半分貸してほしい」 神々はこれを承諾し、戦いが始まった。そしてブラフマーは戦車の御者に、ヴイシュヌは矢に変身した。魔王は3つの都を合体させて城砦としたが、満身の力を込めたシヴァの矢は、これを一撃のもとに貫いてしまったのである。
最初が天地創造に関する偉大さ、次が恩恵の多さ、最後が強さを示し、いずれもシヴァの偉大さを強調するものだ。
なお、シヴァは仏教にも取り入れられ、「大自在天」などの名が与えられている。

001.乳海攪拌がもたらしたもの

太陽と月と人間の誕生

いくつかある創造神話のひとつである。
昔、神々と悪神アスラたちが集まって、不死になる方法について協議した。その結果、霊薬アムリタを飲めば望みが叶うことがわかった。最高神ヴイシュヌにアムリタの作り方を聞いた彼らは、さっそく作業にとりかかった。
まず海からそびえるマンダラ山を攫拝棒とし、その撹拝棒に蛇王ヴァースキを巻きつけ、両端をそれぞれ神々とアスラたちが引っばって回すことにしたのである。だが、両方から引っばられたヴァースキは苦しみ、口から世界中を焼きつくすほどの猛毒を吐いた。すると最高神のひとり、シヴァがその毒を飲み干した。世界は救われたが、シヴァの喉は毒で青くなった。
次にマンダラ山が、その重みで海底に沈みはじめた。だが、ヴイシュヌがクールマ (大亀)に化身してマンダラ山の下に入り、山を支えた。
親拝が進むと海中生物が死に絶えた。マンダラ山の木々もこすれ合って山火事が起き、生き物たちが焼死した。木々の灰や生き物たちの残骸が大海に流れ出て混ざり合い、海は乳色に変わっていた。そして、その中から太陽と月、後にヴイシュヌの妻となるラクシュミーが生まれた。攪拌はその後1000年間続けられ、乳海からはさらに種々のものが生まれ、新しい世界もできていった。
そして最後に、医学の神タスヴアンタリがアムリタの入った壷を持って現れたのである。
だがアムリタの所有権をめぐり、神々とアスラたちの間で戦いが起こった。しかもこの戦いの合間に神々はアムリタを飲み、不老不死を獲得していたのだ。同じころ、アスラのラーフが神々に化けて、アムリタを飲みはじめた。
秘薬がラーフの喉に達したとき、太陽と月の知らせで駆けつけたヴイシュヌは、武器の円盤でその首をはねた。
そのため、ラーフは頭だけ不死になったという。ラーフはそれ以来、告げ口をした太陽と月を恨むようになり、今でもこれらを追いかけてときどき飲み込む。体がないために太陽と月はすぐに現れる。これが日食と月食だ。
人間の誕生にもヴィシュヌはかかわっている。
- あるとき人間のマヌは川で大魚に襲われた小魚を助けた。そして、この魚が成長するまで手元で育てた。やがて海に戻った魚はマヌに 「7日後に大洪水が起こり、生命が滅びる」 実はこの魚はヴィシュヌのアヴァターラ(化身) のマツヤだった。マヌはマツヤのいうとおり、船にすべての植物の種子を積み込み、洪水に備えた。洪水の後、マヌは新たな人頬の始祖になったのである。

010.裏切に満ちた生涯を歩んだ王

アーサー王と円卓の騎士たち

不義の子だったアーサー

5世紀ごろ、イングランド王ウ-ゼルは、人妻イグレインに恋をした。そして、魔術師マーリンの力を借りて夫に化け、彼女とベッドをともにしたのである。イクレインは身ごもり、やがて男の子を出産した。アーサーと名づけられたこの不義の子はマーリンが預かり、後にエクター卿の子として育てられた。やがて王が亡くなり、イングランドでは後継者争いが起こった。
あるとき、カンタベリー寺院に剣が刺さった不思議な石が現れた。石にはこう書かれていた。
「この石から剣を抜いた者は、全イングランドの王である」
だが、多くの人々が抜こうとしても、剣はびくともしなかった。ところが偶然、石のそばを通りかかったアーサーが手をかけたところ、剣はあっさりと抜けてしまったのだ。これがアーサー愛用の名剣エクス力リバーである。
これを知った工クタI卿はアーサーに、彼が自分の子でないことを打ち明け、マーリンもまた、彼の実父がウーゼル王であることを明らかにする。
こうして弱冠15歳の少年王が誕生した。
彼の即位に反対する多くの諸侯が反乱を起こしたが、アーサーは忠実な諸侯らの協力とマーリンの助言によって、彼らを押さえ込んだ。
王座に就いたアーサ1は善政を敷き、イングランド王国には首都キャロットを中心に、平和なひとときが訪れたのだった。
あるとき、ふとしたことからエクスカリバーを折ってしまったアーサーは、マーリンに連れられ、ある湖を訪れた。
すると湖面から女性の腕が現れた。腕はひと振りの剣を握っていた。アーサーが新たに湖の音婦人から受けとった剣もまた、エクスカリバー。この剣の鞘を身につけているかぎり、持ち主は決して血を流さないという、魔力を帯びた剣であった。

不倫の恋と聖杯の探索

アーサーには、彼に忠実な多くの騎士たちがいた。彼の宮廷にあった円卓に、会議のときなどそれらの騎士たちが着座したことから、彼らは「円卓の騎士」と呼ばれた。魔力を秘めたこの円卓には、その席に座るべき騎士の名前が、金文字で浮かびあがったという。
円卓の騎士たちは、戦時にはアーサーの戦士として勇猛果敢に戦い、平時においては冒険や探索の旅に出かけ、また、自分自身や昌婦人の名誉のために馬上模試合などに挑んだ。
ところで、イグレインにはアーサーにとって異父姉に当たる3人の娘がいた。実は彼はそのことを知らず、即位して間もないころ、長姉モルコースと過ちを犯した。その結果、彼はモードレッドという息子を得たのである。

だが、末姉モルガンはアーサーを憎んでいた。
尼僧院で魔術を覚えた彼女は、策略で彼からエクス力リバーの鞘を奪い、湖に投げ捨ててしまった。
アーサーの不死性は失われたのである。
なお、後にモードレッドを含むモルコースの5人の恵子とモルガンのひとり息子も、円卓の騎士の一員となった。
アーサーを襲った最大の悲劇といえば、王妃クイネヴイアがもたらしたものだろう。彼女は円卓
の騎士のひとり、ランスロットを見初めたのだ。
ランスロットもそれに応え、ふたりはアーサーをさしおいて、誠の愛を誓い合った。
その一方、彼は魔術で王妃に化けたある国の王女と愛を交わし、息子ガラハッドをもうける。成長したその息子もまた、円卓の騎士に加わったのである。
その後、アーサーは騎士たちにある任務を与えた。イエス・キリストが最後の晩餐で手にしていたとされる聖杯の探索である。真に犠れのない者だけが発見できるという聖杯があれば、その国は神の祝福を受けるという。
騎士たちの大半が脱落した過酷な探索の旅の末、ガラハッドは聖杯を発見した。だが、最も積れない騎士として、天に召されてしまうのだ。

崩壊した円卓の騎士

あるとき、王妃とランスロットが密会している現場に、他の円卓の騎士たちが乗り込んできた。
ランスロットは脱出するが、その際にモルコースの恵子のアクラヴェインを殺し、モードレッドに重傷を負わせてしまう。そして王妃は反逆罪に問われ、火刑の判決が下った。

だが、ランスロットは刑執行の寸前、その救出に成功したのである。しかし、このときも彼は、モルコースの息子ガヘリスとガレスを殺してしまう。同じくモルゴースの恵子で、3人もの兄弟を殺されたガウェインは嘆き悲しみ、ランスロットに復讐することを誓う。
アーサーはガウェインとともに、ランスロットの居城を大軍で包囲した。激しい戦いで多くの戦士たちが命を落とした。ところが、この戦いは突如、中断された。アーサー不在の間の国の管理と、ランスロットから返された王妃の世話を任せていたモードレッドが反乱を起こしたのである。しかもモードレッドと王妃は結婚したという。裏切られてもなお王妃を愛していたアーサーには、非常な衝撃であった。
自国にとって返したアーサーと息子との戦いが始まった。この戦いでガウェインが命を落としてしまう。ある晩、眠りに就いていたアーサーの夢にガウェインが現れ、次のように告げた。
「敵に和睦を申し入れて戦いを中断し、ランスロットの援軍をお待ちください」
だが和睦は失敗し、最後の戦いが始まった。
一騎打ちの末、アーサーはモードレッドを倒すが、自身も瀕死の重傷を負う。アーサーは側近とともに、かつて新たなエクスカリバーを得た湖に向かった。そこでは3人の乙女を乗せた1駿の小舟がアーサーを待っていた。アーサーは側近に次のようにいい残し、小舟に乗った。
「私はアヴァロンに傷を癒しにいく」
小舟はやがて湖の彼方へと去っていった。
イギリスのどこかにあるといわれる伝説の島ヴァロン。アーサーは今なお、この島で傷を癒しているのだろうか?

009.呪いの予言で命を落とした英雄

ディルムッド・オディナと魔の猪

クー・フーリンの時代から約300年後。アイルランドにまたも英雄が生まれた。
ディルムッド・オディナ。フィアナ騎士団の勇者である。フィアナ騎士団はターナ神族ヌアザの曾孫フィン・マッコールによって創設された騎士団だ。2本の魔法の槍と2振りの魔法の剣を自在に操る彼は、フィンへの忠誠心も厚い騎士だった。
だが、彼もまた、クー・フーリンと同様に悲惨な最期を運命づけられていた。
ディルムッドの父は息子を愛の神オェンクスに養子として預けた。ところが、彼の母はこの間にオェンクスの家来ロクと関係を結び、不義の子を生んでしまう。怒った父はその子を腰の間で押しつぶし、殺してしまったのだ。
怒りと悲しみにうちひしがれたロクは、わが子の死体をドルイドの杖で打った。すると、死体から1頭の魔猪が飛び出し、「ディルムッドを殺す、必ず復讐してやる」 と叫び、山に逃げ込んだのである……。
やがて成長したディルムッドは、美しく勇猛な騎士となった。あるとき、騎士団の長フィンが再婚することになった。ところが、婚礼の席でディルムッドを見た花嫁グラーニャが、あろうことか、彼にひと目惚れしてしまったのだ。
グラーニヤの熱愛に押されたディルムッドは、
しぶしぶながら駆け落ちに応じた。
怒りに燃えるフィンの追跡を避けながら、ふたりは逃げつづけた。
7年後、オェンクスらのとりなしでようやく怒りが収まったフィンは、ふたりの帰国を許した。妻と5人の子どもとともに領地に帰ったディルムッドは騎士団に戻り、前にも増してフィンへの忠誠を誓った。
だが、フィンは彼を許し
ていなかったのだ。
復讐のためにフィンは猪狩りを計画した。場所は、あの魔猪が潜んでいる山中である。
実はディルムッドは、父によって義理の弟が殺されたとき、ある誓いを立てていた。それは「生涯、猪を殺さない」 というものだ。この誓いを守った結果、出現した魔猪に抵抗もせず、その牙によって致命傷を負ったのだ。ところが、彼には助かるチャンスがあ
ったのである。近辺にどんな傷でも癒す魔法の聖水が湧く場所があり、これはフィンの手ですくったときのみ効果を現すというものだった。
フィンは聖水をすくったが、二度にわたってそれを地面にこぼしてしまった。三度白にしてやっと彼が聖水を運んだとき、ディルムッドはすでに恵絶えていたのだ。
義子の死を悲しんだオェンクスは、彼の遺体を自らの支配する妖精の丘に運んだという。

008.夢見る乙女が招いた悲劇

騎士を破滅させた美女デイアドラ

「災いと悲しみを招く者」という意味の名前をもつディアドラは、幼いときから美貌で知られた娘だった。アルスター王コンフォヴォルは、そんな彼女を成長したら花嫁にするつもりで、人目から隔離して育てた。そのためか、ディアドラは世間知らずで、恋に恋する夢見がちな娘となった。
あるとき、ディアドラは勇敢な青年ノイシュの噂を聞いた。ノイシュを自分の運命の相手だと思い込んだ彼女は、知り合いの手引きで彼と会い、ひと目惚れした。そして、自分と駆け落ちするように迫ったのである。
だが、王の騎士であるノイシュが、主君の思い人と駆け落ちなどできるはずもない。ところが、断られてもディアドラは引かない。彼女はノイシュの両耳を引っばってささやいた。
「私を連れて逃げないなら、この耳は(不名誉)と(物笑い)の印となるでしょうね」
不名誉は騎士にとって耐えがたい汚名である。
ディアドラが王に自分にとってマイナスになることを告げ口するのを恐れたノイシュは、しかたなく駆け落ちに応じた。ディアドラとノイシュ、彼のふたりの兄弟は故郷を離れ、海を渡ってスコットランドに逃げた。ノイシュにも彼女に対する愛情が生まれ、平和な生活が続いた。
あるとき、コンフォヴォルから知らせが届いた。
それは次のようなものだった。
「ふたりの関係を許すから、アルスターに戻ってくるように」
喜んだふたりは王の真意を疑うことなく故郷に帰り、コンフォヴォルの城に赴いた。ところが、実は王のはらわたは、ふたりに対する怒りで煮えくりかえっていたのだ。城に着いたとたん、ふたりは引き離され、ノイシュとその兄弟は、王の友人イーガンに殺されてしまったのである。
ディアドラは王のもとに連れていかれ、1年間を彼のもとで過ごした。
あるとき、王は彼女に尋ねた。
「おまえのいちばん嫌いなものは何か?」
「あなたとイーガンです」
「それならそのイーガンにおまえをやろう」
こうしてディアドラは、恋人の仇に嫁がされることになった。だが、王とイーガンとともに婚礼場所に行くために馬車に乗せられたとき、彼女は思いがけない行動をとった。男たちの隙を見て、馬車から身を躍らせて飛びおり、岩に頭を打ちつけて自殺したのである。
自らの勝手な恋のために、名前どおりひとりの騎士に災いをもたらしたディアドラ。だが離れた場所に葬られたノイシュと彼女の墓からはイチイの木が生え、2本の木の枝葉はやがて絡みあって、
だれにも引き離せなくなったという。