008.スサノオ尊の女婿となって……

オオクニヌシ神の国造り

前項でヤガミヒメに振られた八十神は、憎さのあまりオオクニヌシ神の殺害を企んだ。その結果、兄神たちのために2回にわたって命を落としたオオクニヌシだったが、母神とカミムスビ神らの尽力で生還した。そして、紀伊の神の
「スサノオ尊のおられる根堅す洲国に行けば、いいようにとりはからってもらえるだろう」
という助言に従い、根堅洲国に下った。
この国は、黄泉比良坂という入り口こそ同じだが、黄泉国とはまた異なる死後の世界である。地上に降りたスサノオは、この根堅洲国の王となっていたのだ。
さて、根堅洲国に着いたオオクニヌシは、そこでスサノオの娘スセリヒメ(須勢理毘売)に出会い、恋に落ちた。だが、スサノオは彼に蛇の洞窟で寝るなど、多くの試練を与えた。オオクニヌシはスセリヒメの助けで、これらの難題をすべて遂行したのである。
その後、彼はスサノオの太刀と弓を盗み、スセリヒメとともに逃げ出した。後を追ってきたスサノオは、黄泉比良坂で彼に呼びかけた。
「その太刀と弓でハ十神を追放せよ。そして私の娘を正妻とし、出雲に高天原に届くほどの宮殿を建てよ」
オオクニヌシはスサノオのいうとおりに兄神たちを追放し、出雲に宮殿を建てて国造りを始めた。
この宮殿こそ出雲大社である。
なお『古事記』には、オオクニヌシの国造りを手助けしたある神の話が載っている。カミムスビ神の子であるスクナビコナ神(少名毘古那神) である(『日本書紀』 ではタカミムスビ神の子)。その名は体の小ささに由来している。
この神がオオクニヌシの前に姿を現したときのようすは、次のように伝わる。
- オオクニヌシが出雲の美保岬にいたとき、海の彼方から小さな舟に乗って近づいてくる、体長10センチほどの小さな神があった。
オオクニヌシはこの神に名前を聞いたが、答えない。お供の神々に尋ねたところ、カミムスビ神の子でスクナビコナ神だという。そこで彼がカミムスビに真偽を尋ねたところ、確かにわが子だという。カミムスビはわが子に命じた。
「おまえはこれよりはオオクニヌシと兄弟となって国造りに励めよ」
国造りにおけるスクナビコナはきわめて優秀で、穀物の神という属性を持つほか、符睨や医療、薬事の道にも通じていた。
だが、彼は出雲国の完成を見ないうちに姿を消した。スクナビコナは本来、海の彼方にあるとされていた永遠の国、常世国に住む神だった。

007.おなじみのおとぎ話のルーツ

オオクニヌシ神と因幡の白兎

出雲の須賀に宮を構えて、夫婦となったスサノオ尊とクシナダヒメの間に、1柱の男神が生まれた。この神が別の神の娘と契って、2柱の神が生まれた。神々はさらに神々を生み、多くの神々が現れた。そして数世代後、ある神が生まれた。オオクニヌシ神(大国主神) である。
オオクニヌシには、八十神と呼ばれる80柱の兄弟がいた。あるとき、これらの兄神たち全員が因ま幡(鳥取県東部)に住むヤガミヒメ(八上比売)に求婚するため、旅に出ることになった。
そのとき彼らは、末弟のオオクニヌシに荷物を負わせ、家来扱いで連れていった。
オオクニヌシよりひと足先に兄神たちが気多岬に着いたところ、浜辺に1匹の兎が赤裸で倒れていた。兄神たちはいった。
「その赤裸の肌を治したいなら、海水を浴びて風に当たり、山の上で寝てるとよいぞ」
兎は喜んで教えのとおりにした。ところが海水が乾くにつれ、赤肌は風に吹かれてひび割れ、痛みが増した。兎が激痛に泣いていると、遅れてやってきたオオクニヌシが尋ねた。
「どうした、なぜ泣いておるのだ?」
兎は答えた。
「私はかつて隠岐島にいて、こちらの国に渡りたかったのですが、その術がないので、海のワニを騙したのです。すなわち『おれとおまえとどちらの同族が多いか数えてみないか? おまえが同族を全部連れてきて、この島から気多岬まで列を作れ。おれがその上を走りながら数えよう。それでどちらが多いかわかるだろう』と。そして、そのとおりにワニの上を走って、渡りきろうとした間際に、つい 『おれに騙されたのさ』といってしまったのです。そのとたんり二たちに捕まり、皮をはがされてしまいました。痛くて泣いていたら、先に来られた神々が、治療法を教えてくれたのですが、そのとおりにしたら、もっとひどくなりました」 オオクニヌシは、次のように告げた。
「河口に行って真水で体を洗い、そのあたりに生えているガマの花粉を敷き散らして、その上に寝転がれば、必ずもとの肌に戻るぞ」 兎がそのとおりにすると、肌は本当にもとどおりになった。この出来事から、この兎は「因幡の白兎」と呼ばれるようになった。
さて、治った兎はこういった。
「先に行かれた神々は、ヤガミヒメを嬰ることはできません。嬰るのはあなたです」
この予言どおり、兄神たちがヤガミヒメのもとに着いたところ、彼女はこう宣言したのだ。
「私はあなた方のもとには嫁ぎません。オオクニヌシが私の夫になるでしょう」

006.イザナギ命の右目から生まれた神

食物の神を惨殺したツタヨミ命

太陽を司るアマテラス大神に対して、月を司るのがツクヨミ命である。姉のアマテラスや弟のスサノオ尊と異なり、ツクヨミは 『古事記』にはあまり登場しない。わずかに父であるイザナギ尊に、統治国を割り当てられる場面のみなのだ。ここでは 『日本書紀』 に見られる、とくに有名なエピソードを紹介しよう。
- あるとき、ツクヨミはアマテラスの使いで、高天原から葦原中国に降りた。そして、五穀豊穣かつ食物の女神であるウケモチ神(保食神) のもとを訪れたのである。思わぬ神の訪問に喜んだウケモチは、精いっぱい彼をもてなした。すなわち、まず陸を向いて米を、海を向いて魚を、山を向いて獣の肉を口から吐き出し、それを調理したのだ。
ところが、これを見たツクヨミは激怒した。
「口から出したものを食べさせるなんて、なんて汚いことをするのだ」
そして、いきなりウケモチを斬り殺してしまったのだ。すると、女神の頭から牛馬、額から栗、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦、大一軍小豆が生まれたので、ツクヨミはそれを高天原に持ち帰った。
ところが、ウケモチを殺すという、弟のあまりの暴挙を知ったアマテラスは怒り、次のようにいいはなった。
「もうおまえの顔は、二度と見たくない!」
その結果、姉弟は決定的に不仲となってしまった。そして、それ以来、ふたりは昼と夜に分かれて住むようになり、太陽と月が同時に空に上ることもなくなったのである。これが「日月分離」の神話と呼ばれるものであり、ひいては昼と夜の起源となったのだ。
ちなみに、ウケモチの体から生まれた五穀である稗、稲、麦、大豆、小豆を、アマテラスは民が生きていくのに必要な食物だとして、これらを田畑にまく種とした。
なお、ツクヨミの統治国に関しては、前述のように 『古事記』においては夜の世界となっているが、『日本書紀』の中では、海原の統治をも任されたとする解釈も見られる。これはおそらく、月が潮汐を支配しているという発想からきたものだろう。
ただし 『古事記』によれば、イザナギから海原の統治を任されたのはスサノオ尊のはずであり、右記のウケモチ殺害についても、スサノオにまつわるエピソードに酷似した話がある。
ツクヨミとスサノオ、どちらも男神で性格は粗暴という設定である。それゆえ、もともとこのふたりは、同一の神であったとする研究者も少なくない。

005.日本神話最大の怪物登場

スサノオ尊のヤマタノオロチ退治

高天原を追放されたスサノオ尊は、出雲の肥河の川上にあたる烏髪という地に降り立った。
彼が川をふと見ると、箸が流れてきた。上流に人が住んでいる証と思い、スサノオが川を上っていくと、老夫婦と美しい娘が泣いていた。
スサノオは尋ねた。
「おまえたちは何者か? そして、なぜ泣いているのだ?」
老人が答えた。
「私の名はアシナヅチ(足名椎)、妻はテナヅチ(手名椎)、そして娘はクシナダヒメ(櫛名田比売)と申します。私どもの娘はもともと8人おりましたが、ヤマタノオロチ(ハ岐大蛇)が毎年やって来ては、娘を食べてしまいます。もうすぐまたオロチが来るので、最後の娘を食われてしまうと思うと、悲しくて悲しくて…」
「そのヤマタノオロチとは、どのような姿をしているのだ?」
「目は熟したホオズキのように真っ赤で、体はひとつですが、頭は8つ、尾も8本あります。体には否やヒノキ、スギが生えており、その長さは8つの谷、8つの峰におよび、腹を見ると一面、血が潜み、ただれています」
それを聞いても、スサノオは恐れず、
「私がそいつを倒したら、おまえの娘を私にくれぬか? 私はアマテラス大神の弟、スサノオだ。たった今、天から降りてきたところだ」
アシナヅチは恐縮した後に懇願した。

「娘は奉りますゆえ、ぜひお助けください」 スサノオは答えた。
「では、何度も醸造して濃くした酒を作れ。また、垣をめぐらして8つの門を作り、8つの桟敷を作ってそれぞれに酒桶を置き、その中にできた酒を入れて、待機しなさい」 彼らがそのとおりにして待っ
ていると、はたしてオロチがやってきた。オロチは門から入って桟敷に身を横たえ、8つの頭を8つの酒桶に入れ、酒を飲み干すと酔いつぶれて寝てしまった。
それを見てスサノオは、十拳剣を抜くと、オロチをずたずたに切り刻んだのである。
ちなみに、スサノオがオロチの尾の1本を切ったところ剣の刃がこぼれたので、不思議に思い調べてみると、鋭い太刀が出てきた。この剣こそ、後に名古屋市の熱田神宮のご神体にもなっているくさなぎのつるぎ草薙剣なのである。
オロチを退治したスサノオは、クシナダヒメをともなって、新居となる寓を建てる土地を出雲に捜し求めた。そして見つけたのが須賀である。この名は、スサノオがその地をことのほかすがすがしく感じたところから来ているとされる。また、スサノオがこの地に須賀の宮を作ったとき、しきりに雲が立ちのばったという。

004.弟の所業にあきれ果てた女神

アマテラス大神の岩戸隠れ

三賞芋の誕生

黄泉国から逃げ帰ったイヴナギ命は、
「われながら、よくあのような犠れた国に行ったものだ。身を清める頑をせねばなるまい」
と、筑紫(九州の古称) の橘の小門の阿波岐原に赴いた。そして、体についた稔れを洗い落とすことにした。すると、頑ぎ祓いのときどきに、新しい神々が次々と生まれてくることになった。その数は23柱におよんでいる。
アマテラス大神(天照大神)も、そうした過程で生まれたひとりだった。彼女は、イザナギが左目を洗ったときに生まれ出たのである。彼女の誕生の瞬間、光が天地いっぱいにあふれ、燦然と輝いたという。
ちなみに、右目を洗った際にツクヨミ命(月読のみこと命)が、鼻を洗った際にスサノオ尊(須佐之男尊)が生まれた。この3人は、以降「三貴子」と呼ばれる天津神となる。3人はいずれも優れた神だったので、イザナギは喜び、叫んだ。
「私は数多の子を生みつづけたが、ついに3柱の貰い子を得たぞ」 そして、アマテラスに命じた。
「おまえは高天原を治めよ」
次のツクヨミに告げた。
「おまえは夜の世界を治めよ」
最後に、スサノオにはこう告げた。
「おまえは海原を治めよ」

こうして3人は、父の命じるままにそれぞれの国に赴くこととなった。ところが、スサノオだけはイザナギのいうことを聞こうとしなかった。それどころか、
「私は、亡き母のいる黄泉国に行きたいのだ」 と、泣いて駄々をこねるのだった。それは、髭が伸びて胸元に届くようになるほど、長い期間だったという。だが、スサノオが泣くと、青葉の山も枯れ木の山となり、川も海も干上がってしまうのだ。しかも、この混乱に乗じて悪神たちが立ち騒ぎ、世の中に災いが起こった。
息子の見せるあまりにひどい醜態に、イザナギは激怒した。そして、
「おまえはもう、この国に住んではならぬ」 と、彼を追放したのである。

姉を悩ませたスサノオの悪行

スサノオは、姉のアマテラスに事情を話してから国を去ろうと、天に昇っていった。そのとき、山や川がことごとく鳴り響き、国土が震えたという。スサノオが昇ってくると知ったアマテラスは、彼が高天原を奪おうとしていると思い、武装して待ちかまえた。
「わが弟ながら、スサノオは悪心を持つ者。この国を奪おうとしているのに違いない」 だが、スサノオにその心はなかった。逆にふたりは、どちらの心が清らかか競うことになった。
神々を誕生させ、生まれた神の性別でどちらが清らかか決めるのである。その結果、勝負は女神が多かったスサノオの勝ちに終わった。
しかしその勝利で図に乗った彼は、とんでもない乱行をくり広げるのだった。アマテラスの田の畦を破り、水を引く溝を埋め、神殿 くそに尿をまき散らし…
各所から非難が集中しても、アマテラスはこれを告めず、逆にかばいつづけた。
「尿と見えたのは、酒に酔って反吐を吐き散らしたのだ。他人の畦を破り、水を引く溝を埋めたのも、土地を惜しんでのことだ。あの弟のしそうなことよ」
だが、しばらくは弟をかばい、その乱行に耐えていたアマテラスだったが、スサノオの悪行のため自らの機織女が死ぬにいたって、ついに恐怖にかられた。アマテラスは破れを忌む機屋で、神に献上する衣を機織女に織らせていたのだが、スサノオはその機屋の屋根に穴を開け、生きたままはいだ馬の皮を投げ入れたのだ。
機織女はこれを見て驚き、機織り用の器具で自らの体を突いて、死んでしまったのである。
事態はもはや収集がつかなくなっていた。
こうして、すべてにうんざりしたアマテラスは御殿の入口にある天岩戸を開き、閉じこもってしまったのである。

アマテラス大神の抵抗

太陽神であるアマテラスが、岩戸の中に隠れてしまったため、高天原どころか地上の葦原中国もすべて真っ暗になった。いつまでも闇夜が続くと悪神がはびこり出し、もろもろの災いが一気に起こることになる。
困りはてた神々は集まって、対策を協議することとなった。そして、知恵の神であるオモイカネ神(思兼神) の案を実行することにした。
やがて、岩戸の前は多くの貢ぎ物などで飾り立てられた。準備が整ったところで、力自慢のアメノタヂカラオ命(天手力男命)が岩戸の陰に隠れた。そして、女神のアメノウヅメ命(天宇受売命)が躍り出たのである。伏せた樽の上で踊る彼女は、興奮のあまり、いつしか半裸となり、これを見た神々は大笑いし、喝采を送った。
すると、外の騒々しさをいぶかしく思ったアマテラスが、岩戸を細めに開けていった。
「私がいないのに、神々が楽しそうにしているのはなぜか? 私が隠れたばかりに、高天原は暗闇に包まれたと思っていたが……なぜか?」
アメノウヅメは答えた。
「あなた様より尊い神がおいでになったので、みなが喜んでいます」
そして、他の神々が
「それは、この方です」
と答えると、ハ爬鏡をアマテラスに向けた。
鏡に自分自身が映ったのを見て、怪訝に思ったアマテラスが身を乗り出すと、すかさずアメノタヂカラオが彼女の手を取って、列に引き出した。
同時に、他の神々が岩戸に注連縄を張っていった。
「ここより中にお帰りになってはいけません」
かくて、世界は明るさを取り戻した。
この後、神々は協議し、悪行をしたスサノオを断罪することにした。大量の贋罪の品を科したうえに、罪を祓うために髭と手足の爪を切って、天から追放したのである。ちなみに、世界的に見ても太陽神が女神である例はない。したがって、アマテラスは希少な存在であるといえる。

003.イザナギの黄泉国下り

亡き妻を求めて…

亡き妻をあきらめきれないイヴナギ命は、イザナミ命を死者の国である黄泉国まで追っていった。
御殿にいた彼女は、門のところで夫を出迎えた。
イヴナギは妻に話しかけた。
「おまえとともに始めた国造りはまだ終わっていない。ともに帰ろう」
イヴナミは答えた。
「私はもうこの国で煮炊きしたものを食べてしまいました。今はこの国の者です。でも、愛しい方がおいでくださったのですもの。この国の神と話し合ってみます。その間、絶対に私の姿をごらんにならないように」
イザナミはそういうと、御殿の奥に引き上げた。
だが、なかなか返事が来ないことに焦ったイザナギは行動を起こした。魔除けの櫛の歯を1本折って火を点し、御殿の奥に踏み込んだのである。ところが、そこでイザナギが見た妻の姿は、凄まじかった。体には姐が湧き、頭、胸、腹、陰部、両手、両足には、それぞれ8体の雷神が取りついていたのである。
これを見たイザナギが怖気をふるって逃げようとすると、後ろからイザナミが叫んだ。
「よくも恥をかかせてくれましたね」
そして、黄泉国の醜女たちにイザナギの後を追いかけさせたのだ。イザナギは髪につけていた黒い鬘を投げ捨てた。すると、そこからヤマブドウの実がなり、イヴナギは醜女たちがそれを食べている間に、必死で逃げた。再び追いつかれそうになったので、櫛の歯を折って投げた。今度はタケノコが生えたので、醜女たちが食べている問に、イザナミはさらに遠くに逃げた。
ところが、イザナミは8体の雷神に1500の軍兵をつけ、さらに追いすがった。
やっとの思いで彼は、黄泉国と現世の境目である黄泉比良坂までやってきた。イザナギはそこで邪気を退ける果実である桃を見つけた。これを3つ投げつけると、さしもの軍兵もことごとく逃げてしまったのである。
最後に、イザナミ自らが追いかけてきた。イザナギは、巨大な千引岩を黄泉比良坂に据えた。
ふたりは千引岩をはさんで向かい合った。
「あなたがこんなことをするなら、私はあなたの国の人間を1日1000人絞め殺します」
イザナミのこの言葉に、イザナギが答えた。
「妻よ、おまえがそうするのなら、私は1日に1500人が生まれるようにしてみせよう」
こうして、この世では一日に1000人が死ぬ一方で、1500人が生まれるのである。
ちなみにこの後、イザナミは黄泉国の大神となっている。

002.兄妹神の結婚が生んだもの

国土と八百万の神々の誕生

イヴナギ命、イヴナミ命は天からの通路である天浮はし橋に立った。そして、天の神々から受けた天沼矛を下界に下ろしてかき回す。矛を引き上げると、その先から滴った海の塩が積もって、オノゴロ島という島ができあがった。ふたりはそこに降りて天御柱を立て、八尋殿を建てた。
ここでイヴナギはイヴナミに尋ねた。
「おまえの体はどのようにできているか?」
「私の体は成り整い、成り合わないところがひとつあります」
「私の体は成り整い、成り余ったところがひとつある。だから、私の体の成り余ったところで、おまえの体の成り合わないところをふさいで、国を生もうと思う」
「そういたしましょう」
「では、この天御柱を回って、出会ったところで契ろう」
そして、イヴナギは柱を左から回り、イザナ三は右から回った。出会ったとき、イヴナ三が 「さてもよい殿御」 といい、後からイヴナギがこういった。
「さてもよい乙女」
こうしてまず生んだのは、ヒルのようなヒルコ(蛭子神)と不完全な島である淡島だった。これを凶兆と捉えたふたりは、ヒルコと淡島を葦舟で流した後、天の神にお伺いを立てた。
すると、次のような託宣が下った。
「女が先に言葉を発したからこのようなことになった。元の地に帰り、改めて行え」 ふたりはオノコロ島に戻り、また天御柱の周囲を回り、今度は先にイザナギが声をかけて契った。
すると、無事に多くの国土と神々が生まれ出たのである。このときに生まれたのは、淡路島、四国、隠岐島、筑紫島(九州)、壱岐島、対馬、佐渡島、そして大倭豊秋津島(本州) の8つの島である。これらを「大八洲国」と呼ぶ。
次に35柱の神々を生んだ。石、土砂、門、風、海、木、山、野の神々などである。
さらに火の神であるホノカグツチ神(火之迦異土神)が生まれた。ところがこの神を生む際、イザナミは陰部に大火傷を負ったのだ。病床で苦しむ彼女の嘔吐物や排泄物からも、神々は生まれた。
だが、火傷はひどく、イザナミはついに亡くなった。彼女の遺体は出雲国(島根県東部)と、伯蕾国 (鳥取県西部)との境にある比婆山に葬られた(これについては三重県熊野市にある花の窟神社とする説もある)。
イヴナギは妻の死をもたらしたホノカグツチを怒り、腰の十挙剣でその首をはねた。すると、ホノカグツチの飛び散った血と体から、合わせて16柱の神が生まれ出たという。

001.創世の神たちの出現

天と地の始まり

遥かな昔、世界がまだ固まっておらず、混沌として、陰陽の区別もなかったころ、天と地ももちろん分かれていなかった。その世界にやがてほの暗い何かが芽生え、それが澄んで明らかになると、昇りたなびいて天となり、重く濁ったものは滞って地となった。
そして、天なる神の世界である高天原に初めて現れたのが、アメノミナカヌシ神(天之御中主神)およびタカミムスビ神(高御産巣日神)と力ミムスビ神(神産巣日神) で、いずれの神も姿を見せ
ることはなかった。
一方、地にはまだ国土ができておらず、水に浮く脂のようにどろどろしてクラゲのように漂っていた。その中から、葦の芽が泥沼から萌え上がるような命をもって現れたのが、ウマシアシカビヒコジ神(宇摩志阿斯詞備比古遅神)、アメノトコタチ神(天之常立神) で、同じく姿を現さなかった。
これらの5神は性別のない独り神で、「別天神」と呼ばれる特別な神々である。
その次に現れたのが、原野の成り立ちに関わる神であるクl一ノトコタチ神(国之常立神)と卜ヨクモヌ神(豊雲野神)。この2神もやはり独り神で、性別はなく、姿を現さなかった。

しかし、これ以降に現れた10柱の神々は、性を持ち、2柱でひと紐となって現れた。そして、5組目に現れたのが、男神イヴナギ命(伊那那岐命)と女神イザナミ命(伊邪那美命) である。
この、クニノトコタチからイザナミまでを、「神世七代」と呼んでいる。
というのは、独り神は一神を一代とし、それ以降は男女を組にして一代と数えるからである。
さて、生まれ出たイザナギとイザナミに対して、天の神々は命じた。
「漂っている地の国に赴き、そこをよく整え、造り固めよ」 これが 『古事記』 に記されている創世の神々のあらましだ。この後に、イヴナギ、イザナミによる国生みと神々の誕生が続くのである。
ちなみに、神々が住む神界・高天原に対し、人間が住む世界は葦原中国と呼ばれる。
これは、『古事記』に(葦の芽)のようなものから、人間界が始まった、との記述があることからきている。

014.最大スケールの戦争叙事詩

『マハーバーラタ』の世界

昔、インドにクル族という一族がおり、ある代 になってドリターフーシュトラとパーンドゥという 兄弟が生まれた。兄は盲目のため、弟のパーンドゥが王位を継ぐ。だが、パーンドゥが早くに亡く なってしまったので、盲目のドリタラーシュトラが王位を譲り受けた。
王には、長男ドゥルヨーダナ以下、100王子と呼ばれる100人の子どもがいた。そして、死んだ弟にはユディシュテイラら5王子がいた。
100王子と5王子は一緒に育てられたが、5王子のほうが何かにつけて優れていたので、100王子は彼らを妬みはじめた。そして、ドゥルヨーダナは策略をめぐらして、5王子を都から追放したのである。

放浪中の5王子はある日、パンチャーラ国で王女ドラウバディーの婿選びの弓大会があることを知った。その大会で王子のひとりアルジュナが優勝したため、ドラウバディーは5王子共通の妻となった。
5王子が生きていることを知ったドゥリヨータナは、計略を用いて5王子を殺そうとしたが。失敗。逆に彼らを帰国させて王国の半分を与えることにした。ユデイシュテイラは王となり、国を繁栄させた。ところが、ユデイシュティラが賭博好きなのを知ったドゥリヨーダナは、それを利用して5王子からすべての土地や財産を、奮ってしまった。そして、こう告げたのだ。
「おまえたちは12年の問、森の中でさまよい、人に知られず暮らせ」 5人の子どもとドラウバディーは、命令どおりほ年間を森の中で隠者として暮らした。
だが13年目に、5王子軍はついに100王子軍
との戦いを決意した。こうして、同族がふたつの陣営に分かれて、凄惨な戦いを展開することになったのだ。この大戦争の結果、100王子軍は全滅、5王子軍も多くの戦死者を出した。
老いたドリタラーシュトラ王は戦死者の多さに世をはかなみ、隠退生活に入った後に死んだ。
戦いを終えた5王子も、すでにこの世に未練はなかった。そこでユデイシュティラは、王位をアルジュナの恵子に譲り、兄弟たちやドラウバディー、そして1匹の犬とともに、神々の住むヒマラヤに登ろうとした。
しかし道は遠く険しく、一族は次々に倒れ、ただひとりユディシュティラのみが、最終の地にたどり着くことができた。そして、4人の兄弟や妻が待っている天国へと昇っていった。
そこにはすでに100王子も住んでおり、クルー族はその後、天国であらゆる怨恨を忘れて、幸せに暮らしたのだった。

013.古代インドの英雄冒険諾

『ラーマーヤナ』の世界

あるとき、ラーヴァナという悪魔が、凄まじい力を得て神々を苦しめはじめた。そこでヴィシュヌが人間の姿に化身して地上に降り、この悪魔と戦うことになった。
ヴィシュヌはコーサラ王国の第1王子ラーマとして生まれた。母は第1王妃であった。強く、賢く、美しく生まれついた彼は、成長してジャナカ王の娘シーターと結婚した。実はシーターはヴィシュヌの妻ラクシュミーの化身であった。
だがラーマとシーターは、第2王妃の陰謀により、森で暮らすことになってしまう。
あるとき、ラーヴァナの妹シュールバナカーが森の中で出会ったラーマを見初めた。そして、彼にいい寄ったが、ラーマはシュールバナカーの恋心を拒絶した。彼女は逆上し、兄ラーヴァナにシーターを奪うようにそそのかした。これが功を奏して、シーターはラーヴァナの手に落ちてしまう。
ラーマはさらわれた妻シーター救出のために、国を追われていた猿の王を助けるのと引き替えに、猿たちの協力を得ることに成功した。そして猿の軍団を率いる将軍ハヌマーンの活躍によって、シーターがランカー(スリランカ) にあるラーヴァナの居城に幽閉されていることを突きとめたのだ。
その後、ラーマは猿の軍団とともに敵地に攻め入り、見事にラーヴァナを打ち倒してシーターを救い出すのであった。
こうしてシーターを奪還したラーマはコーサーフ国に戻り、国を挙げての歓迎の中、王位につく。
だがそれと同時に、国内には不穏な晴が流れた。
人々が、ラーヴァナに長期間、幽閉されていたシーターの貞節を疑いはじめたのだ。ラーマの心して、シーターを追放してしまう。
森の中の聖者の庵で、シーターはラーマの子である双子を生む。これを知ったラーマは彼女のもとへ駆けつけた。
そしてシーターに、双子が本当に自分の子であるかどうか、証明するよう迫ったのだった。シーターは静かに答えた。
「この子たちはあなたの子です。もし私のいうことが真実なら、大地の神が私を受け入れてくれることでしょrつ」 その直後、大地はみるみるうちに割れて、大地の神がシーターをその中に飲み込んだ。神は、シーターの貞節を認めたのである。だが彼女は、その証明と引き替えに、命を失ったのだ。
大地に消えた妻を見て、悲しみにうちひしがれたラーマは、二度と新たな妃を迎えようとはしなかった。そして、シーターを思いながら天に帰っも疑いに揺れた。そして、ついに人々の声に同意たのだった。