「インド神話」カテゴリーアーカイブ

004.シヴァと並ぶ最高神

10のアヴァターラを持つヴィシュヌ

三神一体のなかで、シヴァと双璧の力を誇る強大な神がヴィシュヌだ。その名は太陽の光と輝きを神格化したもので、サンスクリット語の「あまねく世界に広がる」という言葉が語源になっているという。もともと起源の古い神で、聖典「ヴエー夕」には、ウィシュヌは天、空、地をわずか3歩で歩く神として記録されている。
なお、ウィシュヌ派の神話によると、宇国ができる前の混沌の時代、ヴィシュヌは竜王をベッドとして眠っており、彼のへそに咲いた蓮の花からブラフマーが、そのブラフマーの額からシヴァが生まれたという。
日ごろはメール山に妻のラクシュミーとともに住むとされるヴィシュヌは、しばしば青黒い肌、
4本の腕をもつ美青年として描かれる。そして、
右上手にウィシュヌの象徴であるチャクラ(円盤)、右下手に力ウモーダキー(棍棒)、左上手にパンチャジャナ(法螺貝)、左下手に蓮の花を持っている。

愛用の乗り物は、太陽の鳥といわれる聖鳥ガルーダだ。
彼はまた、温厚かつ公正であり、慈悲深く、信じる者には必ず恩恵を与えるとされる。同時に、この世が危機に陥ったときにはさまざまなものに変化して、善が常に悪 に勝つように、そして全世界を維持し、修復する ために働くのだ。
このヴィシュヌの本質が変化した姿 - 化身は 「アヴァターラ」と呼ばれ、10種類ある。
ブラフマーが創造し、ウィシュヌが維持し、シヴァが破壊するとされるヒンドゥー教の世界で、アヴァターラとは何だったのか? おそらく、いずれももとは古くからの各種族の神々であり、ウィシュヌはそれらに対する信仰を取り込んで成長した、l種の複合神だったのだろう。以下、10種のアヴァターラだ。
①マツヤ ②クールマ ③ヴアラーハ/あるとき大地が、魔神の力で水底に引きずり込まれた。神々はヴィシュヌに助けを求め、それに応じた彼は巨大猪ヴァラーハヘと化身した。無敵の強さを誇るヴァラーハは水中に飛び込み、戦いの末に魔神を棍棒で打ち殺した。そして、牙で大地を支えながら、水中から引き上げたという。
④ナラシンハ/ヴァラーハに退治された魔神には兄弟がいた。彼はウィシュヌヘの復讐を誓い、苦行を重ねた。ブラフマーはそんな魔神に、人間にも獣にも殺されない不死身の体を与えた。
ところが、自分の恵子がヴィシュヌの信者と知り、魔神は激怒した。そして自らの手で恵子を殺そうとしたところ、獅子の頭に体が人間というナラシンハが出現。魔神を食い殺した。人間にも獣にも殺されない魔神のために、ヴィシュヌはそのどちらでもない姿に化身したのだ。
⑤ヴァーマナ/魔王バリが三界を制圧したことがあった。バラモン (祭祀階級) の少年僧に化身したヴィシュヌがバリの宮殿に赴くと、バリはその実しさを賛美し、何でも願いをかなえようといった。少年僧は「3歩で歩ける距離の土地をくださ
い」と答える。バリが承諾するのを聞くや、彼は
突如、巨大化して本来の姿に戻り、3歩で天、空、地を歩いて三界を奪還したのである。ちなみに、ヴァーマナとは「矯人」すなわち身長の低い人という意味。
⑥パラシュラーマ/この名は「斧を持つラーマ」の意味で、7番目のアヴァターラのラーマとは別のもの。かつてクシャトリア (王侯・武士階級)が勢力を伸ばし、政治世界を制圧したことがあった。ヴイシュヌは神々とバラモン、民衆を守るために、聖仙ブリグ族のひとりとして出生。シヴァから斧を授けられた彼は、やがてその達人となった。そして、クシャトリアに殺された父の仇を討ち、彼らを全滅させて、バラモンの地位を回復したのである。
⑦ラーマ/あるとき、悪魔ラーヴァナが力を得て、神々を苦しめた。そこでウィシュヌが人間の姿に化身して、ラーヴァナと戦うことになった。叙事詩『ラーマーヤナ』 は、ラーマ王子として生まれたヴィシュヌが、悪魔に誘拐された妻を奪還すべく、奮闘する物語だ。なお、ラーマの妻シーターはウィシュヌの妻ラクシュミーの化身とされ、ラーヴァナとの戦いでラーマに協力する彼の3人の異母兄弟も、ウィシュヌの化身である。
⑧クリシュナ/クリシュナとは「黒い神」の意。
名前のとおり青黒い肌をもつ男性として描かれることが多い。ヴィシュヌのアヴァターラの中で、最も民衆に愛されている英雄である。彼は実在した可能性が高く、死後に神格化されたらしい。
神話によると、クリシュナは悪王カンサを滅ぼすために、ヴィシュヌの化身としてこの世に生まれた。幼児のころから多くの奇跡を現出し、長じて後はその実貌ゆえにいくつもの恋愛講の主人公となるなど、彼に関する話は多い。
⑨ブッダ/仏教の創始者ブツダは民衆に悪の道を説いた存在とされ、正しい道に気づかせるための、いわば反面教師的なアヴァターラ。神々が魔神たちと戦って負け、世が乱れた。ヴィシュヌはシッダールタ太子(後のブツダ)として生まれ、人々に知悪や祭祀、階級制度を捨てさせるなどの悪の道を説いた。そのため魔神たちはブツダに帰依し、最下層の人々とも一緒に暮らすようになった。
こうして誤った考えをもった彼らは、地獄がふさわしい存在となったのだ。
⑩カルキ/悪徳と蛮行がはびこる「カリ・ユガ」と呼ばれる時代。この最悪の時代にヴィシュヌは力ルキに化身して出現する。現世から悪魔や魔神たちを駆逐して、正しい知恵と信仰を取り戻すためだ。カルキは白馬に乗った英雄、または白い馬頭の巨人で表されることが多い。なお、⑨のブツダの時代がこのカリ・ユガに相当するという「プラナー」の記述もあり、それによると、ブツダに帰依した魔神たちを滅ぼしたのは、カルキだという。

003.三神一体のひとり

権威を失墜した創造神ブラフマー

シヴァ、ヴィシュヌとともに、ヒンドゥー教の三神一体を構成する神のひとりで、「世界の創造」を司るという、きわめて重要な役割をもっていた神がブラフマーである。
「ヴエー夕」時代には、聖典に内在する神秘的な力を表す非人桔的な原理(ブラフマン)として用いられていた。宗教哲学書「ウパニシャッド」が重視される時代になると、宇宙の根本原理として位置づけられ、人格化されて、ブラフマーとなったのである。
ふつうその姿は、赤い体に白衣、4つの顔、4本の手に水士軍数珠、芽、聖典『リグ・ヴェ-ダ』を持ち、水鳥に乗った姿で描かれる。白い髭の老人で表されることも多い。妻は知恵と学問の女神
サラスヴァティーである。
彼がかかわった創造神話は次のようなものだ。
宇宙に何もなかった時代のことだ。スヴァヤンプー(自ら生まれる者)は、水を作って種子をひとつまいた。ヒラニヤガルハ (黄金の卵) である。
ブラフマンはこの卵のなかで成長した。そして1年後、卵を半分に割り、それぞれの半分から天や地などを生んだ。その後、ブラフマーは自分が生んだ女神サラスヴァティーと夫婦となり、人間を作り出す。なお、人間に吉葉や物事の識別能力を与えたのは妻の女神だという。
これでもわかるように、彼は当初は確かに最高神であり、神話の中にも彼の命令でシヴァやヴィシュヌが魔神退治に出動する話が多い。

だが、ウパニシャッドが語る宇宙の根本原理についての哲学は、あまりにも抽象的でむずかしい。
そのため、シヴァとヴィシュヌが具体的な英雄として民衆に支持されるにしたがって、ブラフマーの神としての地位は下がっていった。
それを証明するかのように、その後の神話では、ブラフマーの地位をシヴァやヴィシュヌより一段下に置いたものが多くなっていく。
たとえば、ヴィシュヌ派の神話の中では、ブラフマーはヴィシュヌのへそに咲いた蓮の花から生まれたとされている。
また、宇宙の創造はシヴァのリンガが行い、ブラフマーはそれを賛美したとまで書かれている。
さらに、ブラフマーの顔は本当は5つあったのだが、無礼な話し方をしたという理由でシヴァの怒りに触れ、彼の爪で首をひとつ切り落とされたという詰まであるのだ。
民衆にとっては、単純で明快な現世利益を与えてくれる神のほうが信仰しやすいのは当然だろう。
なお、ブラフマーは仏教に取り入れられた後は「梵天」と呼ばれ、上方を守る仏法の守護神となった。

002.インド神話の最高神

破壊と再生の神シヴァ

ヒマラヤの聖地力イラース山頂で苦行をしているのが、三神一体のひとりで破壊と再生の最高神シヴァだ。
このときのシヴァは、裸体に虎の皮を腰にまとい、首に蛇を巻きつけ、伸ばした髪を頭上に結い上げた苦行者の姿で描かれる。醸には3本の横線が引かれ、手には三叉の武器リシュールを持っている。
シヴァとは「吉祥」という意味だが、彼はまた、ヒンドゥーの神々の中でも最も多い別名を持つ。とくに有名なものに、バイラヴァ(恐怖の殺識者)、マハーデーヴァ(偉大なる神)、パシュパティ (家畜の王)、シャンカラ(恩恵を与える者)などがあるが、このシャンカラの名が生産や生殖を司る神とされたので、リンガ (男根) への崇拝が生まれたのである。ナタラージャ (踊りの王)などの名もあり、広い神格を与えられているのも特徴だ。
以下は、シヴァにまつわるいくつかの神話だ。
- 世界周期の終わりに際し、ブラフマーとヴィシュヌが、ともに自らを「世界の創造主」と名のって争っていたとき、巨大な火炎を放ったリンガが襲来した。ふたりがその偉大さを認めて賛歌を唱えると、リンガの中から3つの目、千手と千足をもつシヴァが出現した。
- ある偉大な王が、6万人の先祖の王子を供養するために苦行をした。それを知ったブラフマーは、聖なる天の川ガンジスを地上に流す許可を与えた。だが地上に直接流すと、人間たちに多くの被害を与える。そこでシヴァに祈ると、彼はその豊かな髪で川の流れを受けとめることを約束した。こうしてガンジスの奔流はシヴァの髪で弱められ、7つの支流となって大陸を流れた。これに
よって人間たちや生き物たちが潤い、樹木や葦原までもが恩恵を受けた。
- 巨人魔族の3人の魔王が、三界を征服してそれぞれ都を建造し、圧政を敷いた。神々は魔王たちに勝てるのはシヴァのみなので、彼に3人の退治を頼んだ。シヴァは答えた。
「私の力だけでは無理だ。すべての神々の力を半分貸してほしい」 神々はこれを承諾し、戦いが始まった。そしてブラフマーは戦車の御者に、ヴイシュヌは矢に変身した。魔王は3つの都を合体させて城砦としたが、満身の力を込めたシヴァの矢は、これを一撃のもとに貫いてしまったのである。
最初が天地創造に関する偉大さ、次が恩恵の多さ、最後が強さを示し、いずれもシヴァの偉大さを強調するものだ。
なお、シヴァは仏教にも取り入れられ、「大自在天」などの名が与えられている。

001.乳海攪拌がもたらしたもの

太陽と月と人間の誕生

いくつかある創造神話のひとつである。
昔、神々と悪神アスラたちが集まって、不死になる方法について協議した。その結果、霊薬アムリタを飲めば望みが叶うことがわかった。最高神ヴイシュヌにアムリタの作り方を聞いた彼らは、さっそく作業にとりかかった。
まず海からそびえるマンダラ山を攫拝棒とし、その撹拝棒に蛇王ヴァースキを巻きつけ、両端をそれぞれ神々とアスラたちが引っばって回すことにしたのである。だが、両方から引っばられたヴァースキは苦しみ、口から世界中を焼きつくすほどの猛毒を吐いた。すると最高神のひとり、シヴァがその毒を飲み干した。世界は救われたが、シヴァの喉は毒で青くなった。
次にマンダラ山が、その重みで海底に沈みはじめた。だが、ヴイシュヌがクールマ (大亀)に化身してマンダラ山の下に入り、山を支えた。
親拝が進むと海中生物が死に絶えた。マンダラ山の木々もこすれ合って山火事が起き、生き物たちが焼死した。木々の灰や生き物たちの残骸が大海に流れ出て混ざり合い、海は乳色に変わっていた。そして、その中から太陽と月、後にヴイシュヌの妻となるラクシュミーが生まれた。攪拌はその後1000年間続けられ、乳海からはさらに種々のものが生まれ、新しい世界もできていった。
そして最後に、医学の神タスヴアンタリがアムリタの入った壷を持って現れたのである。
だがアムリタの所有権をめぐり、神々とアスラたちの間で戦いが起こった。しかもこの戦いの合間に神々はアムリタを飲み、不老不死を獲得していたのだ。同じころ、アスラのラーフが神々に化けて、アムリタを飲みはじめた。
秘薬がラーフの喉に達したとき、太陽と月の知らせで駆けつけたヴイシュヌは、武器の円盤でその首をはねた。
そのため、ラーフは頭だけ不死になったという。ラーフはそれ以来、告げ口をした太陽と月を恨むようになり、今でもこれらを追いかけてときどき飲み込む。体がないために太陽と月はすぐに現れる。これが日食と月食だ。
人間の誕生にもヴィシュヌはかかわっている。
- あるとき人間のマヌは川で大魚に襲われた小魚を助けた。そして、この魚が成長するまで手元で育てた。やがて海に戻った魚はマヌに 「7日後に大洪水が起こり、生命が滅びる」 実はこの魚はヴィシュヌのアヴァターラ(化身) のマツヤだった。マヌはマツヤのいうとおり、船にすべての植物の種子を積み込み、洪水に備えた。洪水の後、マヌは新たな人頬の始祖になったのである。