「インド神話」カテゴリーアーカイブ

014.最大スケールの戦争叙事詩

『マハーバーラタ』の世界

昔、インドにクル族という一族がおり、ある代 になってドリターフーシュトラとパーンドゥという 兄弟が生まれた。兄は盲目のため、弟のパーンドゥが王位を継ぐ。だが、パーンドゥが早くに亡く なってしまったので、盲目のドリタラーシュトラが王位を譲り受けた。
王には、長男ドゥルヨーダナ以下、100王子と呼ばれる100人の子どもがいた。そして、死んだ弟にはユディシュテイラら5王子がいた。
100王子と5王子は一緒に育てられたが、5王子のほうが何かにつけて優れていたので、100王子は彼らを妬みはじめた。そして、ドゥルヨーダナは策略をめぐらして、5王子を都から追放したのである。

放浪中の5王子はある日、パンチャーラ国で王女ドラウバディーの婿選びの弓大会があることを知った。その大会で王子のひとりアルジュナが優勝したため、ドラウバディーは5王子共通の妻となった。
5王子が生きていることを知ったドゥリヨータナは、計略を用いて5王子を殺そうとしたが。失敗。逆に彼らを帰国させて王国の半分を与えることにした。ユデイシュテイラは王となり、国を繁栄させた。ところが、ユデイシュティラが賭博好きなのを知ったドゥリヨーダナは、それを利用して5王子からすべての土地や財産を、奮ってしまった。そして、こう告げたのだ。
「おまえたちは12年の問、森の中でさまよい、人に知られず暮らせ」 5人の子どもとドラウバディーは、命令どおりほ年間を森の中で隠者として暮らした。
だが13年目に、5王子軍はついに100王子軍
との戦いを決意した。こうして、同族がふたつの陣営に分かれて、凄惨な戦いを展開することになったのだ。この大戦争の結果、100王子軍は全滅、5王子軍も多くの戦死者を出した。
老いたドリタラーシュトラ王は戦死者の多さに世をはかなみ、隠退生活に入った後に死んだ。
戦いを終えた5王子も、すでにこの世に未練はなかった。そこでユデイシュティラは、王位をアルジュナの恵子に譲り、兄弟たちやドラウバディー、そして1匹の犬とともに、神々の住むヒマラヤに登ろうとした。
しかし道は遠く険しく、一族は次々に倒れ、ただひとりユディシュティラのみが、最終の地にたどり着くことができた。そして、4人の兄弟や妻が待っている天国へと昇っていった。
そこにはすでに100王子も住んでおり、クルー族はその後、天国であらゆる怨恨を忘れて、幸せに暮らしたのだった。

013.古代インドの英雄冒険諾

『ラーマーヤナ』の世界

あるとき、ラーヴァナという悪魔が、凄まじい力を得て神々を苦しめはじめた。そこでヴィシュヌが人間の姿に化身して地上に降り、この悪魔と戦うことになった。
ヴィシュヌはコーサラ王国の第1王子ラーマとして生まれた。母は第1王妃であった。強く、賢く、美しく生まれついた彼は、成長してジャナカ王の娘シーターと結婚した。実はシーターはヴィシュヌの妻ラクシュミーの化身であった。
だがラーマとシーターは、第2王妃の陰謀により、森で暮らすことになってしまう。
あるとき、ラーヴァナの妹シュールバナカーが森の中で出会ったラーマを見初めた。そして、彼にいい寄ったが、ラーマはシュールバナカーの恋心を拒絶した。彼女は逆上し、兄ラーヴァナにシーターを奪うようにそそのかした。これが功を奏して、シーターはラーヴァナの手に落ちてしまう。
ラーマはさらわれた妻シーター救出のために、国を追われていた猿の王を助けるのと引き替えに、猿たちの協力を得ることに成功した。そして猿の軍団を率いる将軍ハヌマーンの活躍によって、シーターがランカー(スリランカ) にあるラーヴァナの居城に幽閉されていることを突きとめたのだ。
その後、ラーマは猿の軍団とともに敵地に攻め入り、見事にラーヴァナを打ち倒してシーターを救い出すのであった。
こうしてシーターを奪還したラーマはコーサーフ国に戻り、国を挙げての歓迎の中、王位につく。
だがそれと同時に、国内には不穏な晴が流れた。
人々が、ラーヴァナに長期間、幽閉されていたシーターの貞節を疑いはじめたのだ。ラーマの心して、シーターを追放してしまう。
森の中の聖者の庵で、シーターはラーマの子である双子を生む。これを知ったラーマは彼女のもとへ駆けつけた。
そしてシーターに、双子が本当に自分の子であるかどうか、証明するよう迫ったのだった。シーターは静かに答えた。
「この子たちはあなたの子です。もし私のいうことが真実なら、大地の神が私を受け入れてくれることでしょrつ」 その直後、大地はみるみるうちに割れて、大地の神がシーターをその中に飲み込んだ。神は、シーターの貞節を認めたのである。だが彼女は、その証明と引き替えに、命を失ったのだ。
大地に消えた妻を見て、悲しみにうちひしがれたラーマは、二度と新たな妃を迎えようとはしなかった。そして、シーターを思いながら天に帰っも疑いに揺れた。そして、ついに人々の声に同意たのだった。

012.世界に火をもたらしたアグニ

あらゆるものを浄化する火の神

火の神アクニに対する 『リグ・ヴエーダ』 における賛歌は、全体の5分の1を占めている。
アクニは天にあっては太陽として輝き、空では稲妻として光り、地では儀式の禁火として燃えさかる。家の火、森の火、そして心中の怒りの火や、思想の火、霊感の火などもアクニだった。炉やかまどの神を神格化したとの説もあり、清浄と賢明の神でもあった。
さらにアクニは、神々と人間を結ぶ仲介者の役割も務めていた。生け贅などを燃やして煙とし、天上の神々に届けるのだ。神との仲介者ゆえ、結婚式や誓約式では神聖な証人ともなった。人間に火を与えたのもアクニとされている。
アクニは本来、ゾロアスター教を起源とする神だった。彼が燃やしたものは雷神や悪魔はもちろん、すべてが浄化され尊い存在になる。あらゆるものを飲み込み、灰にする彼の炎が絶対的な力とされたのは当然のことだろう。
だが一方で、彼の貪欲さは凄まじかった。何せ誕生直後に両親をむさぼり食ったというのだ。
それだけではない、その食い散らかした遺体を、自らの炎で焼きつくしたのである。
アクニは多くの場合、赤い体に炎でできた衣をまとった形で表される。そして炎の髪、黄金の顎と歯を持ち、3つの頭と7校の舌、3本の腕を持った姿で描かれる。好物は火を灯すための酢油。
酢油とは、牛乳から作られたバターに似た食用油だ。実は彼の7枚もある舌は、これを余さずなめとるためにあるのだ。
なお、彼には最強の軍神であるスカンタという息子がいるが、彼の誕生にあたっては『マハーバーラタ』にこんな話がある。
モアク二は7人の聖仙の妻たちに恋をしていた。そして、熱い思いでかまどの中から彼女たちを眺めていた。一方、ブラフマーの子のタクシャにはスヴァーハという娘がいた。彼女はアクニに恋をしていた。そこでスヴァーハは聖仙の妻の姿に化け、アクニを誘惑した。
何も知らないアクニは喜んで彼女を受け入れ、ふたりは一夜をともにした。こうして彼女は6人の妻に化け(7人目は失敗)、6回アグニと同裏したのである。その6夜の結果、得られた精液は、アシュベータ山の黄金の穴に落とされた。そして、この黄金の穴から6面12胃の神スカンタが生まれたという。スカンタは生後4日で敵を蹴散らしたため、インドラは最高指揮官の座をスカンタに譲ったといわれる。
なお、アクニは「ヴエーダ」時代には、インドラの次に崇められたほど高位の神ではあったが、現在は同じくあまり崇拝されていない。

011.かつては人気の軍神だった

超兵器を操ったインドラ

インドラは「ヴェータ」神話では最も人気が高く、とくに 『リグ・ヴェーダ』 の中では、全体の約4分の1が、彼への賛歌になっている。
インドラの起源は古く、紀元前14世紀のヒッタイト条文の中にも記述があることから、小アジアやメソポタミアでも信仰されていた神だったらしい。また、雷や稲妻を神格化した存在であるため、ギリシア神話のゼウスなどに相当すると思われる。
インドラの体は黄金色または茶褐色で、髪や髭は赤か黄金。稲妻を象徴する武器ヴァジュラ (金剛杵)を持って、2頭の天馬の引く戦車に乗り、空中を駆け抜ける。天馬ではなく、4本牙の巨大な自乗アイラヴァータに乗るとの伝承もある。さらに、彼が地上に降り立つと虹がかかるともいう。敵は人々を苦しめる凶暴なナーガ(蛇)族のヴリトーフだ。
インドラにまつわる神話を紹介しよう。
- インドラは、天空神ディアウスと大地の女神プリウィティーの子として生まれた。彼が誕生したとき、ヴリトラが雨を降らせず、川の水をせき止めていたため、人々は早魅に苦しんでいた。
生後間もない彼は人々の嘆きを聞くや、必殺の武器ヴアジュラを手にし、神酒ソーマをがぶ飲みして戦いに赴いた。
戦いの末、ヴリトラに勝利したインドラは、恵みの雨を受けた人々の尊崇を集めた。やがて父を倒し、自分の地位を不動のものとした彼は、それを契機に最高神となったのである。
なお、ヴリトラを倒したことにより、後にインドラはヴリトラハン (ワリトラを殺す者)という異名をも持つようになった。
ところがインドラは、時代を経るにしたがって人気を失い、その地位はシヴァにとってかわられていく。その人気の凋落ぶりは、『ラーマーヤナ』の中で悪魔に捕まる存在にまで姪められてしまったほどなのだ。
だが、一部の伝承の中では依然として、インドラは神々の王として崇められており、神の都アマーラヴァティーの楽園で、天女たちに囲まれて暮らしているという。この都は神々、人間なら聖者、英雄として死んだ者しか入れない場所とされる。
これも北欧神話における、ウルハラ宮殿を彷彿とさせるものである。
なお、叙事詩『マハーバーラタ』などに登場する英雄たちの超兵器のひとつが、「インドラの炎」や「インドラの矢」などと呼ばれるもの。これは太古のインドで、インドラが悪魔の王ラーヴァナの大軍を一撃で死滅させた武器である。
ちなみに仏教に取り込まれた後のインドラは、帝釈天と呼ばれ、東方を守る守護神となった。

010.鬼女はなぜ改心したのか?

ハリティーが鬼子母神になったわけ

日本でも「鬼子母神」として知られている女神が、ハリティーである。もとは「ヤクシニー」という鬼女の一種で、鬼神王パーンチカの妻であった。なお、ヤクシニーは「夜叉」の語源である「ヤクシャ」の女性形。
ハリティーの神話とは、次のようなものである。
iハリティーとパーンチカの問には、500人(1000人、1万人という説も) もの子どもがいた。彼女は、このたくさんの子どもを養うために、人間の子どもをさらってきては餌として与え、なおかつ自分も食べていた。
あるとき、ヴィシュヌのアヴァクーラであるブッダは、嘆き悲しむ母親たちの声を聞いた。
「鬼神の妻のハリティーが、自分の子どもを育てるためだといって、私たちの子どもをさらって食べてしまうのです」 ブツダはこの声を聞いて胸を痛め、ハリティーを懲らしめることにした。そして、彼女が最もかわいがっている末の子をさらい、隠してしまったのである。愛しいわが子が姿を消したと知って、ハリティーは半狂乱になった。
「私のかわいい赤ちゃん、どこへ消えたの?」
鬼女の身では、もちろんブツダが隠したわが子を見つけることなどできない。日夜、泣き叫び、やつれ果てたハリティーは、ついにブツダに助けを求めた。彼女の前に姿を現したブツダは、次のようにさとした。
「おまえは500人もの子どもを持っているが、たったひとりいなくなっただけで、こんなにつらい思いをするのだ。ましてや、おまえに比べればごくわずか、ひとりかふたりの子どもしか持たない人間たちが、その子どもを失えば、どんなに悲
しみ、苦しむか‥‥。その気持ちがわかったか?」 こうして、ハリティーは人間の痛みを知り、自らの所業を悔いた。ハリティーは三帰・五戒(三宝すなわち仏法僧に帰依し、5つの戒めを守ること)を受けて仏弟子となり、ブツダはやがて彼女を鬼女から女神へと引き上げた。こうして彼女は安産と育児の女神、鬼子母神として信奉されるようになったのである。
そして人間の子どもの代わりに、子どもを守る力があるとされている果実である吉祥果(ザクロ)を食べるようになったのだ。ザクロは中に種子がびっしりと詰まっているため、繁栄の象徴ともされている。また、よく 「ザクロは人肉の味がする」 などといわれるが、この俗説は以上の神話に由来しているとされる。ちなみに、この話は古代の飢饉時に、実際に人肉を食べた女性の話をもとにしているという説もある。

009.あの孫悟空のモデルになった

猿の戦士ハヌマーン

叙事詩『ラーマーヤナ』 の中で、ラーマの友として、最も活躍する猿の戦士が、ハヌマーンである。名前の意味は「顎骨を持つ者」、父は風神パワアナで、母は水の精霊アンジャナー。
以下は 『ラーマーヤナ』 におけるハヌマーンについての記述である。
「ハヌマーンの顔はルビーのように赤く輝き、尾は限りなく長く、吠える声は雷のようであり、天空を凄まじい音を立てて飛ぶ。力もとびきり強く、たくさんの樹木を根こそぎ取り払ったり、ヒマラヤの山を引き抜くこともできた。
ハヌマーンは、以前は天界の生き物だった。あるとき、太陽のまばゆい光に魅せられてしまった。
そこで、太陽を捕まえようと天空を駆けた。見慣れぬ生き物に追われることになった太陽神スーリヤは驚くほかなかった。次第に恐ろしさを覚えるようになったので、英雄インドラに助けを求めた。
その声を聞きつけたインドラは、ハヌマーンを見つけると大地にたたき落としてしまった」 ここではインドラにあっさり負けてしまうハヌマーンだが 『ラーマーヤナ』 では、無類の強さを発揮する存在として描かれている。俊敏で、姿や大きさを自在に変える能力を持ち、勇猛果敢に悪神アスラを倒していく。
『ラーマーヤナ』 では、こんな活躍もしている。
- 魔王lフーヴアナがある島にラーマの妻を隠していることを知ったハヌマーンは、さっそく赴こうとした。そのとき、一フーヴアナの妹で魔女のスーサラが現れ、ハヌマーンを飲み込もうとした。
大口をあけてハヌマーンに向かうスーサラに対し、彼は体を巨大化させて対抗する。スーサラの口は、さらに大きくなる。
次の瞬間、ハヌマーンは体を人間の親指ほどの大きさに縮めた。そして、猛スピードでスーサーフの口の中に飛び込むと、彼女の頭蓋骨の中を駆けめぐったのである。これではスーサラもたまらない。彼女は脳をずたずたにされて、絶命してしまった。
ちなみに、ハヌマーンはスーサラの右耳から脱出したという。
この後、ハヌマーンはラーマと協力して、その妻シーターを助け出すのである。
ハヌマーンに対する信仰は現在でも篤く、インドや中国、ネパールなどに広く棲息する尾長猿の一種、ハヌマーンランクールはこの神の蕃属と見なされ、ヒンドゥー教寺院において、手厚く保護されているという。
なお、彼の活躍が中国に伝わり、『西遊記』におけるヒーロー・孫悟空のモデルになったとする説もある。

008.知恵の神はなぜ象頭なのか?

消えたガネーシャの首

「神様の絵」は、インドの各地で人気を集めているが、その特徴を知らなければ、どれが何という神様なのか区別がつきにくい。
ただし、ガネーシャは別だ。何しろ頭が象なのだ。そして、片方の牙が折れている。
彼はまた、供物である果物を食べすぎたということで、太鼓腹の姿で表されることが多い。蛇の帯を締め、腕が4本あり。多くは鼠に乗っている。
もちろん彼にしても、生まれながらに象頭だったわけではない。それにはいくつかの奇想天外な神話があるが、一般的なのは次のものだ。
-シヴァの妻パールヴァティーは、夫の留守中、退屈まぎれに体の垢を集め、美しい人形を作った。その人形を気に入った彼女は命を吹き込み、息子とした。それがガネーシャだった。
あるとき、水浴をしようとしたパールヴァティ1が、ガネーシャに見張りを命じた。
「私が水浴をしている問、浴室にはだれも入れないようにしなさい」 と。そこにシヴァが帰宅した。ガネーシャは父の顔を知らないため、母の命令どおり彼を追い返そうとした。シヴァももちろんカネーシャが自分の息子(?) であることを知らないため、ふたりは浴室に入れろ入れないの押し問答になった。ついに激怒したシヴァは息子の首をはね、遠くへ投げ捨てたのだ。
嘆き悲しむ妻の姿を見て、シヴァは捨てたガネーシャの頭を捜しに旅に出た。だが、どうしても見つけることができなかった。そこで、しかたなく最初に出会った象の首を切り落として持ち帰り、ガネーシャの体に取りつけて、復活させたのだ。
また、ガネーシャの牙が1本折れていることに関しても面白い神話がある。
- あるとき、ガネーシャが酔って夜道で転倒した。その姿を月に嘲笑されたため、怒った彼が牙を1本折って月に投げつけた。傷ついた月は、それ以来、満ち欠けするようになったのである。
カネーシャの名は、カナ(群衆)とイーシャ(王)を合わせた意味をもち、インドでは知恵と学問、商業の神として信仰されている。
人々は何かを新しく始めるときは、その前に必ずガネーシャに祈りを捧げる。ほかの神を信仰していても、最初にこの名を唱えることすらある。
ただし、これはガネーシャが嫉妬深いため、信者たちはそれを恐れて…‥・という説もあるが。
ガネーシャは仏教に入ってからは「聖天」や「歓喜天」という名になり、現世利益を与える存在となった。

007.シヴァの暗黒妻カーリー

夫の腹を踏む血と殺我の女神

力ーリーの名は「時間」と「黒」を意味する言葉カーラの女性形だ。悪神アスラたちの跋扈に怒って出現した女神だという。彼女はシヴァの妻のひとりだが、肌が黒く、痩身が特徴だ。
その姿は凄まじい。4本の腕を持つ上半身は常に裸で、髪を振り乱し、目を血走らせ、牙のある口を開けて舌を出し、生首を手に下げ、首にはドクロの環飾り。腰は切り取った手足で覆われている。この姿のとおり、カーリーは好戦的で血を好み、破壊や殺教を喜ぶ存在だ。
以下は、力ーリーにまつわる神話である。
- 悪神アスラと戦うために生まれたカーリーだが、彼女がいくら殺してもアスラの数は減らない。というのも、アスラは自らの流血から分身を作ることができるのだ。それを知った彼女は、敵が流す血はもちろん、その体内に残った血をも吸いつくして、戦いに決着をつけたのである。
ところが、勝利に酔ったカーリーが踊りはじめると、そのあまりの激しさに大地が粉々に砕けそうになった。これでは人間たちが危ないと感じた夫のシヴァは、カ-リーの足元に横たわった。
そして、自らの体を彼女に踏ませることで、大地への衝撃を弱めたのだった。現在でも、カ-リーがしばしばシヴァの腹の上で踊る姿で表されるのは、この出来事に由来している。
なお、シヴァの妻の中でも昼の顔がパールヴァティー、夜の顔がカーリーとされている。そして、シヴァも前者といるときは穏やかだが、後者といるときは世にも恐ろしい魔神のようになるのだ。
だが、そんなカーリーは、実はシヴァにとって重要なエネルギー源だった。彼女と交わることで、シヴァはそれを手に入れることができるのである。
そのためカーリーは、シャクティー(性力)とも呼ばれている。
ヒンドゥー教の神々の中で最も恐ろしく、かつ醜悪にもかかわらず、なぜかカ-リーは人気がある。とくにべンガル地方において、最も霊験のある神として崇拝されているのだ。
そして彼女を祀った寺院では、今なお祭儀のたびに、生け塾にされた動物たちの血が流されている。
ところで生け執員といえば、実はカーリー信仰の影には恐ろしい事実が隠されている。かつてタッグと呼ばれる暗殺集団がいた。彼らは500年以上にわたって、実に何百万人もの人々を殺した。そして、その死体をすべてカ-リーに捧げていたというのだ。タッグはイギリス統治時代に全滅させられたといわれるが、末裔が残っている可能性はゼロではないのだ。

006.シヴァとサティーの悲恋物語

猛火に自ら身を投じた美女

ブラフマーの子どものひとり、タクシャにはサティーという美しい娘がいた。彼女が適齢期に達すると、(婿選びの儀式)のために大勢の神が集められた。サティーが気に入った神に花輪をかけると、その相手との結婚が決まるのである。
だが、この儀式にタクシャはシヴァだけは招待しなかった。魔物たちを従えた破壊と残虐の塊のような恐ろしい神が自分の婿になるなど、とんでもないことだったからだ。
ところが、父親は気づいていなかったが、実はサティーの心はシヴァだけに向けられていたのである。彼女は、その場にいないにもかかわらず、悲しみのうちにシヴァだけを念じて、天に花輪を投げた。すると突然、シヴァが出現して、花輪は
その首にかけられたのだ。サティーは天にも昇る心地だった。タクシャも儀式として成立してしまった以上、認めざるを得ない。
だが、ふたりが結婚して以降も、タクシャはことあるごとに不満を露わにしつづけた。
ある日、タクシャは妻とともに、シヴァの住まいを訪れた。シヴァとサティ1はふたりを精いっぱいもてなしたが、タクシャはまったく満足せず、不快な顔をしたまま帰ってしまった。
その後、タクシャは神々を招いて盛大な供犠祭を催したが、彼はまたも婿であるシヴァを招待しなかった。サティーは夫の名誉のために、父に強く抗議したが、逆に馬鹿にされるありさまだった。
そのあまりにひどい仕打ちに、サティーは打ちのめされ、嘆いた。そして燃えさかる火に、自らの体を投じてしまったのである。
これを知ったシヴァは激怒し、タクシャの供犠祭が行われている場所に乗り込み、すべてを徹底的に破壊した。そして、妻を失った悲しみのあまり、狂気にとりつかれてしまうのである。
この後、シヴァはサティーの遺体を抱いて各地を放浪し、多くの都市を破壊した。だが、シヴァのあまりの暴挙を見かねたヴィシュヌは、自らの武器である円盤を投げてサティーの遺体を細かく切り刻んだ。事ここにおよんで、シヴァはやっと正気を取り戻したのである。
なお、サティーの遺体の肉片が落ちた場所はすべて聖地となり、肉片ひとつひとつが土着の女神として再生した。シヴァにとっては、それらはすべてサティーであった。そのため、シヴァには何百人もの妃がいるのである。
またサティーは、ヒマラヤの神の娘パールヴアティーとして生まれ変わり、女性を受け入れまいとするシヴァのかたくなな心を解いて、新たな妃となった。

005.太陽神の息子ヤマの意外な経歴

閻魔大王となった最初の人間

太陽神の息子で 『リグ・ヴエー夕』 では当初、天に属していたが、妹とともに「最初の人間」という地位を与えられたのがヤマだ。そのため彼は必然的に「最初に死んだ人間」ということになった。
さらに「死者の道」を発見したことによって、死者の国の王としても君臨することになったのだ。
ヤマの起源は、紀元前1000年ごろに書かれたとされる、ゾロアスター教の聖典『アウェスタ』にある。この中に登場する聖王イマが最初の人間、そして理想的な統治者として、ヤマに対応しているのである。ただし、この『アヴェスタ』はもとより「ヴエーダ」聖典にも、ヤマ(=イマ)が死者を裁いたという記述は見当たらない。実際「ヴェー夕」時代のヤマは、祖霊たちが暮らす天国ピトリスの、優しくおおらかな支配者だったらしい。死者たちにとってピトリスの宮殿はまばゆいばかりの美しさで、まさしく楽園だったのだ。
ところがそれが、『ラーマーヤナ』や 『マハーバーラタ』 などの叙事詩の時代になると、一変した。
死者たちの国も天界から地底に移った。優しかったヤマも、人間の死後に生前の行いを記録し、それを裁くという厳格なものになった。
死後の世界の管理者となったヤマは王冠をかぶり、体は青または緑色。血のような赤い衣を身にまとい、手には矛と縄を持っている。乗り物は水牛か野牛だ。さらに、彼につき従うのは2匹の犬。
4つの目をもつ彼らはその鋭い嗅覚で死すべき人間のにおいをかぎつけ、ヤマの元へ連れてくる。
死者はヤマの下す恐ろしい判決を震えながら闇
くのである。
ところで彼から、つまり「死」から逃れる方法がひとつだけある。それは≡神一体の神々=シヴァ、ウィシュヌ、ブラフマーを信仰することだ。
強大な権力を持つヤマも、この3人には逆らえない。こんな神話がある。
- あるとき、シヴァを信仰する男が死に瀕していた。ヤマは彼を死の国に誘おうとするが、男はリンガ像をつかんで抵抗した。立腹したヤマは、像ごと彼を死者の国に連行しようとした。
これを見たシヴァは激怒した。そして
「私の象徴を侮辱するとは何事か?」
と、ヤマを蹴り殺してしまったのだ。
ところが、ヤマが不在となった世界は大混乱に陥った。死者がいなくなったため、人間であふれてしまったのである。困り果てたシヴァは結局、ヤマを復活させざるを得なかったという。
後にヤマは仏教に習合され「閻魔」となった。