「ケルト神話」タグアーカイブ

010.裏切に満ちた生涯を歩んだ王

アーサー王と円卓の騎士たち

不義の子だったアーサー

5世紀ごろ、イングランド王ウ-ゼルは、人妻イグレインに恋をした。そして、魔術師マーリンの力を借りて夫に化け、彼女とベッドをともにしたのである。イクレインは身ごもり、やがて男の子を出産した。アーサーと名づけられたこの不義の子はマーリンが預かり、後にエクター卿の子として育てられた。やがて王が亡くなり、イングランドでは後継者争いが起こった。
あるとき、カンタベリー寺院に剣が刺さった不思議な石が現れた。石にはこう書かれていた。
「この石から剣を抜いた者は、全イングランドの王である」
だが、多くの人々が抜こうとしても、剣はびくともしなかった。ところが偶然、石のそばを通りかかったアーサーが手をかけたところ、剣はあっさりと抜けてしまったのだ。これがアーサー愛用の名剣エクス力リバーである。
これを知った工クタI卿はアーサーに、彼が自分の子でないことを打ち明け、マーリンもまた、彼の実父がウーゼル王であることを明らかにする。
こうして弱冠15歳の少年王が誕生した。
彼の即位に反対する多くの諸侯が反乱を起こしたが、アーサーは忠実な諸侯らの協力とマーリンの助言によって、彼らを押さえ込んだ。
王座に就いたアーサ1は善政を敷き、イングランド王国には首都キャロットを中心に、平和なひとときが訪れたのだった。
あるとき、ふとしたことからエクスカリバーを折ってしまったアーサーは、マーリンに連れられ、ある湖を訪れた。
すると湖面から女性の腕が現れた。腕はひと振りの剣を握っていた。アーサーが新たに湖の音婦人から受けとった剣もまた、エクスカリバー。この剣の鞘を身につけているかぎり、持ち主は決して血を流さないという、魔力を帯びた剣であった。

不倫の恋と聖杯の探索

アーサーには、彼に忠実な多くの騎士たちがいた。彼の宮廷にあった円卓に、会議のときなどそれらの騎士たちが着座したことから、彼らは「円卓の騎士」と呼ばれた。魔力を秘めたこの円卓には、その席に座るべき騎士の名前が、金文字で浮かびあがったという。
円卓の騎士たちは、戦時にはアーサーの戦士として勇猛果敢に戦い、平時においては冒険や探索の旅に出かけ、また、自分自身や昌婦人の名誉のために馬上模試合などに挑んだ。
ところで、イグレインにはアーサーにとって異父姉に当たる3人の娘がいた。実は彼はそのことを知らず、即位して間もないころ、長姉モルコースと過ちを犯した。その結果、彼はモードレッドという息子を得たのである。

だが、末姉モルガンはアーサーを憎んでいた。
尼僧院で魔術を覚えた彼女は、策略で彼からエクス力リバーの鞘を奪い、湖に投げ捨ててしまった。
アーサーの不死性は失われたのである。
なお、後にモードレッドを含むモルコースの5人の恵子とモルガンのひとり息子も、円卓の騎士の一員となった。
アーサーを襲った最大の悲劇といえば、王妃クイネヴイアがもたらしたものだろう。彼女は円卓
の騎士のひとり、ランスロットを見初めたのだ。
ランスロットもそれに応え、ふたりはアーサーをさしおいて、誠の愛を誓い合った。
その一方、彼は魔術で王妃に化けたある国の王女と愛を交わし、息子ガラハッドをもうける。成長したその息子もまた、円卓の騎士に加わったのである。
その後、アーサーは騎士たちにある任務を与えた。イエス・キリストが最後の晩餐で手にしていたとされる聖杯の探索である。真に犠れのない者だけが発見できるという聖杯があれば、その国は神の祝福を受けるという。
騎士たちの大半が脱落した過酷な探索の旅の末、ガラハッドは聖杯を発見した。だが、最も積れない騎士として、天に召されてしまうのだ。

崩壊した円卓の騎士

あるとき、王妃とランスロットが密会している現場に、他の円卓の騎士たちが乗り込んできた。
ランスロットは脱出するが、その際にモルコースの恵子のアクラヴェインを殺し、モードレッドに重傷を負わせてしまう。そして王妃は反逆罪に問われ、火刑の判決が下った。

だが、ランスロットは刑執行の寸前、その救出に成功したのである。しかし、このときも彼は、モルコースの息子ガヘリスとガレスを殺してしまう。同じくモルゴースの恵子で、3人もの兄弟を殺されたガウェインは嘆き悲しみ、ランスロットに復讐することを誓う。
アーサーはガウェインとともに、ランスロットの居城を大軍で包囲した。激しい戦いで多くの戦士たちが命を落とした。ところが、この戦いは突如、中断された。アーサー不在の間の国の管理と、ランスロットから返された王妃の世話を任せていたモードレッドが反乱を起こしたのである。しかもモードレッドと王妃は結婚したという。裏切られてもなお王妃を愛していたアーサーには、非常な衝撃であった。
自国にとって返したアーサーと息子との戦いが始まった。この戦いでガウェインが命を落としてしまう。ある晩、眠りに就いていたアーサーの夢にガウェインが現れ、次のように告げた。
「敵に和睦を申し入れて戦いを中断し、ランスロットの援軍をお待ちください」
だが和睦は失敗し、最後の戦いが始まった。
一騎打ちの末、アーサーはモードレッドを倒すが、自身も瀕死の重傷を負う。アーサーは側近とともに、かつて新たなエクスカリバーを得た湖に向かった。そこでは3人の乙女を乗せた1駿の小舟がアーサーを待っていた。アーサーは側近に次のようにいい残し、小舟に乗った。
「私はアヴァロンに傷を癒しにいく」
小舟はやがて湖の彼方へと去っていった。
イギリスのどこかにあるといわれる伝説の島ヴァロン。アーサーは今なお、この島で傷を癒しているのだろうか?

009.呪いの予言で命を落とした英雄

ディルムッド・オディナと魔の猪

クー・フーリンの時代から約300年後。アイルランドにまたも英雄が生まれた。
ディルムッド・オディナ。フィアナ騎士団の勇者である。フィアナ騎士団はターナ神族ヌアザの曾孫フィン・マッコールによって創設された騎士団だ。2本の魔法の槍と2振りの魔法の剣を自在に操る彼は、フィンへの忠誠心も厚い騎士だった。
だが、彼もまた、クー・フーリンと同様に悲惨な最期を運命づけられていた。
ディルムッドの父は息子を愛の神オェンクスに養子として預けた。ところが、彼の母はこの間にオェンクスの家来ロクと関係を結び、不義の子を生んでしまう。怒った父はその子を腰の間で押しつぶし、殺してしまったのだ。
怒りと悲しみにうちひしがれたロクは、わが子の死体をドルイドの杖で打った。すると、死体から1頭の魔猪が飛び出し、「ディルムッドを殺す、必ず復讐してやる」 と叫び、山に逃げ込んだのである……。
やがて成長したディルムッドは、美しく勇猛な騎士となった。あるとき、騎士団の長フィンが再婚することになった。ところが、婚礼の席でディルムッドを見た花嫁グラーニャが、あろうことか、彼にひと目惚れしてしまったのだ。
グラーニヤの熱愛に押されたディルムッドは、
しぶしぶながら駆け落ちに応じた。
怒りに燃えるフィンの追跡を避けながら、ふたりは逃げつづけた。
7年後、オェンクスらのとりなしでようやく怒りが収まったフィンは、ふたりの帰国を許した。妻と5人の子どもとともに領地に帰ったディルムッドは騎士団に戻り、前にも増してフィンへの忠誠を誓った。
だが、フィンは彼を許し
ていなかったのだ。
復讐のためにフィンは猪狩りを計画した。場所は、あの魔猪が潜んでいる山中である。
実はディルムッドは、父によって義理の弟が殺されたとき、ある誓いを立てていた。それは「生涯、猪を殺さない」 というものだ。この誓いを守った結果、出現した魔猪に抵抗もせず、その牙によって致命傷を負ったのだ。ところが、彼には助かるチャンスがあ
ったのである。近辺にどんな傷でも癒す魔法の聖水が湧く場所があり、これはフィンの手ですくったときのみ効果を現すというものだった。
フィンは聖水をすくったが、二度にわたってそれを地面にこぼしてしまった。三度白にしてやっと彼が聖水を運んだとき、ディルムッドはすでに恵絶えていたのだ。
義子の死を悲しんだオェンクスは、彼の遺体を自らの支配する妖精の丘に運んだという。

008.夢見る乙女が招いた悲劇

騎士を破滅させた美女デイアドラ

「災いと悲しみを招く者」という意味の名前をもつディアドラは、幼いときから美貌で知られた娘だった。アルスター王コンフォヴォルは、そんな彼女を成長したら花嫁にするつもりで、人目から隔離して育てた。そのためか、ディアドラは世間知らずで、恋に恋する夢見がちな娘となった。
あるとき、ディアドラは勇敢な青年ノイシュの噂を聞いた。ノイシュを自分の運命の相手だと思い込んだ彼女は、知り合いの手引きで彼と会い、ひと目惚れした。そして、自分と駆け落ちするように迫ったのである。
だが、王の騎士であるノイシュが、主君の思い人と駆け落ちなどできるはずもない。ところが、断られてもディアドラは引かない。彼女はノイシュの両耳を引っばってささやいた。
「私を連れて逃げないなら、この耳は(不名誉)と(物笑い)の印となるでしょうね」
不名誉は騎士にとって耐えがたい汚名である。
ディアドラが王に自分にとってマイナスになることを告げ口するのを恐れたノイシュは、しかたなく駆け落ちに応じた。ディアドラとノイシュ、彼のふたりの兄弟は故郷を離れ、海を渡ってスコットランドに逃げた。ノイシュにも彼女に対する愛情が生まれ、平和な生活が続いた。
あるとき、コンフォヴォルから知らせが届いた。
それは次のようなものだった。
「ふたりの関係を許すから、アルスターに戻ってくるように」
喜んだふたりは王の真意を疑うことなく故郷に帰り、コンフォヴォルの城に赴いた。ところが、実は王のはらわたは、ふたりに対する怒りで煮えくりかえっていたのだ。城に着いたとたん、ふたりは引き離され、ノイシュとその兄弟は、王の友人イーガンに殺されてしまったのである。
ディアドラは王のもとに連れていかれ、1年間を彼のもとで過ごした。
あるとき、王は彼女に尋ねた。
「おまえのいちばん嫌いなものは何か?」
「あなたとイーガンです」
「それならそのイーガンにおまえをやろう」
こうしてディアドラは、恋人の仇に嫁がされることになった。だが、王とイーガンとともに婚礼場所に行くために馬車に乗せられたとき、彼女は思いがけない行動をとった。男たちの隙を見て、馬車から身を躍らせて飛びおり、岩に頭を打ちつけて自殺したのである。
自らの勝手な恋のために、名前どおりひとりの騎士に災いをもたらしたディアドラ。だが離れた場所に葬られたノイシュと彼女の墓からはイチイの木が生え、2本の木の枝葉はやがて絡みあって、
だれにも引き離せなくなったという。

007.アイルランドを代表する戦士

狂気と悲劇の英雄クー・フーリン

望の前ぞ力を誇示する少年

ダーナ神族が地下に引きこもり、ミレー族がアイルランドを統治していたころ、アイルランドにひとりの英雄が誕生した。それがクー・フーリンである。太陽神ルーと人間の女性の間に生まれた半神半人の彼は、金髪にたくましい体、美貌、快活な性格と、多くの人から愛される要素を兼ね備えていた。だが、ひとたび戦場に赴くと、まるで狂気がとりついたかのように荒々しく変貌し、敵をなぎ倒すのである……。
ちなみにクー・プーリンとは「クランの猟犬」という意味のあだ名である。幼いころ、誤って鍛冶師クランの番犬を殺してしまい、自分が代わり
になると誓ったことから、こう呼ばれるようになったのだ。本名はセタンタという。
クー・フーリンはアルスクー王国に属する赤枝の騎士団の一員だった。彼が王の騎士となった背景には、次のようないきさつがある。
少年だったクー・フーリンは、ひとりのドルイドから次のような予言を聞かされる。
「今日、騎士になる者はアイルランドに長く伝えられる英雄になるが、その生涯は短いものとなるだろう」 これを聞いたクー・フーリンは即座に王の元へ向かった。だが、王は彼が著すぎるのを理由に、騎士にすることをためらった。すると、クー・フーリンは槍をへし折り、剣を曲げ、戦車を踏み壊して、己の力を誇示したのである。王はあきらめて彼が騎士となるのを許し、その怪力にも耐えられる剣と戦車を贈ったという。

クーリーの牛争い

このころ、彼は美少女工メルに恋をし、
求婚した。だが、著すぎることを理由に断られたため「影の国」を訪れ、女王スカサハのもとで武術の修行に励む。このときの修行仲間のひとりであるコナハト王国のフ工ルディアとは、その後、親友となる。
修行を終えたクー・フーリンは、多くの
修行仲間の中からただひとり、奥義の印としてゲイ・ボルクと呼ばれる槍を授かった。これは投げれば30の矢尻となって相手に降り注ぎ、突けば30の瀬となって破裂するという魔槍である。
地上に戻ったク1‥フーリンは、なおも結婚に反対する工メルの父と戦ってこれを倒し、首尾よ
く花嫁を手に入れたのである。
さて、クー・フーリンが超人的な活躍をしたことで知られるエピソードといえば、アルスター王国とコナハト連合軍の戦いである「クーリーの牛争い」があげられる。この戦いは、コナハト王国の女王メイヴと夫のアリル王の財産自慢が発端となった。メイヴはアリルの持つ白い雄牛に匹敵する財産を持たなかったため、アルスタ1の赤い雄牛を手に入れることを名目に、戦争を仕掛けてきたのだ。しかも、メイヴはアリルランドの他の3国と連合軍を組織した。
ところが、メイヴの侵略が始まったとき、アルスタ一軍で動けるのは、当時17歳のクー・フーリンだけであった。というのも、兵士たちは戦争の神マッハの呪いで病に倒れていたのだ。
彼はメイヴの軍隊を相手に、ただひとりでハ面六胃の戦いを見せた。しかし、この戦争は彼の心に大きな傷を残した。
スカサハのもとで修行した際に親友となったフェルディアの命を、自らの手で奪うことになったのだ。
彼の心を傷つけたのは、そ
れだけではなかった。親友の死後も不眠不休で戦いつづけた彼は、父であるルーの助けでわずかな時間、休息をとった。その間にさらなる悲劇が起きたのである。
なんと、マッハの呪いを受けなかったアルスターの少年兵たちが、メイヴの軍勢に挑み、全滅させられてしまったのだ。
クー・フーリンは怒りのあまり逆上し、その要は異形のものへと変わった。筋肉がふくれあがり、髪の毛は逆立ち、片目が頭にめり込んだかと思うと、もうひとつの目は頬から突き出るほどに飛び出した。口は大きく裂け、クー・フーリンは文字どおり怪物と化したのである。
こうして、彼の周囲にはコナハト連合軍の兵士たちの死体が山となって積まれていった。そして、呪いがとけたアルスタ-軍が戦列に復帰すると、戦況は一気にメイヴに不利となった。
やがて連合軍は解体し、コナハトはアルスターと和睦、戦争の元凶であったメイヴもクー・フーリンによって命を助けられる。だが、これが後の悲劇へとつながってしまうのだ。

若き英雄の最期

アルスタ1王国に勝利をもたらしたクー・フーリンだったが、メイヴは彼に復讐するため、再び連合軍を組織した。そして、またもマッハの呪いでアルスターの兵士たちが病に倒れたときを狙い、侵攻を開始した。今回もクー・フーリンはひとりで戦うことになったのである。
だが、彼は出陣前に不吉な前兆に遭遇していた。
愛馬は戦場に出ることを嫌がり、手にした杯のワインは血に変わった。しかも彼は、自分の血にまみれた鎧を洗う「浅瀬の洗い手」を目撃してしまうのだ。
このとき、クー・フーリンは己の命運が尽きたことを悟ったのである。予感は的中し、彼の死期
は目前に迫っていた。
戦場でメイヴの策略に引っかかったクー・フーリンは、魔槍ゲイ・ボルグを奪われた。そして、敵の手に渡ったそれは、彼の脇腹を貢いたのである。致命的なその傷口からは、はらわたが飛び散った。だが、瀕死の状態にありながらも、クー・フーリンははらわたをかき集め、湖に赴いた。そして、血と泥にまみれたはらわたをきれいに洗って、再び体内に戻したのである。
彼は横になって死ぬより、戦士らしく立ったまま死ぬことを望んだ。近くに石柱を見つけたクー・フーリンは、自分の体をその石柱に結びつけた。
彼が立ったまま息をひきとると、石柱には英雄の死を告げるかのように、ひびが入ったという。
「今日、騎士になる者はアイルランドに長く伝えられる英雄になるが、その生涯は短いものとなるだろう」
ドルイドの予言は成就してしまったのだ。

 

006.転生をくり返した美女

蝶になったエーデイン

ミレー族によって地上を追われたターナ神族が、地下世界で暮らしていたころの話である。
一族の最高神タグザの恵子ミディールは、あるときアイルランドで最も美しい少女エーディンを妻に迎えた。ところがエーディンは、そのあまりの美しさに嫉妬したミディールの最初の妻フォーヴナハにドルイドの魔法をかけられ、水たまりに変えられてしまったのである。
水たまりはやがて蒸発し、そこから生まれた毛虫は紫色の美しい蝶に変わった。この蝶がエーデインだと知ったミディールは、以前と変わらぬ愛を捧げたのである。
だが、これが気に入らないフォーヴナハは、魔法の力で竜巻を起こし、エーディンを彼方に吹き
飛ばしてしまった。そして、エーディンはその後7年間にわたって、ひとり荒野をさまようはめに陥ったのだ。
あるとき、エーディンは愛の神オェンクスの王宮にたどりついた。そして夜だけ元の姿に戻ることができたエーディンは、オェンクスに守られ、彼との恋を楽しみ、穏やかな生活を送っていた。
だがそんな生活は、またしてもフォーヴナハに邪魔をされた。
再び吹き飛ばされたエーディンは、人間の女性が持つ杯の中に落ち、酒とともに飲み干されてしまう。そして、今度はその女性の娘として生まれてきたのである。しかし、転生した彼女には前世の記憶は失われていた。なんといっても、この間、1012年の年月が経過していたのである。美しく成長したエーディンは、アイルランド王工オホズ・アイレヴの妻となった。
ある日、エーディンの前にミディールが現れた。
ミディールから自分が彼の妻であったことを告げ
られたが、彼女にはその記憶はまったくなかった。
業を煮やしたミディールは、強引に彼女を自分の宮殿に連れ帰ってしまう。
この仕打ちに腹を立てたエオホズ王は、エーディンを奪い返すべく、アイルランドにある妖精の丘をかたっぽしから壊し、ついにミディールの宮殿がある最後の丘だけが残った。追いつめられたミディールは、魔法で50人の侍女をエーディンに変え、その中に本物のエーディンをまぎれ込ませたうえで、エオホズ王に告げた。
「この中から本物のエーディンを選べたら、彼女を帰してやろう」 だが、エーディンはエオホズ王が選ぶ前に、「私がエーディンです」 と自ら名乗り出たのである。彼女は神より人間の王を選んだのだ。エオホズ王の宮殿に帰ったふたりはその後、幸せに暮らし、ふたりの問には娘が生まれたという。

005.後妻の嫉妬に苦しめられて……

白鳥になった海神の子どもたち

前述のように、かつてターナ神族はアイルランドを統治していた。しかしミレー族に敗れ、地下世界へと追いやられてしまった。この世界で新たな王国を築き、新たな生活を営みはじめた一族は、タグザの次の王に彼の息子である戦いの神ボォヴを選んだ。ボォヴは徳の高い人格者として知られ、まさしく適任であった。
だが、海の神リルはこの決定に不満だった。自分こそが次の王に選出されると思っていたのである。思いどおりにならなかったことに腹を立て、リルは自らの宮殿に引きこもってしまった。彼のこの自分勝手な行動に他の神々は奴心った。そして彼を罰するために、その宮殿を焼き払ったのである。しかし、この攻撃はリルの妻の焼死という悲
劇を生んでしまった。
悲嘆にくれ、ますます引きこもるようになったリルを心配し、和解のためにボォヴは自分の3人の娘のうち、長女のイーヴをリルに嫁がせた。この結婚で、ふたりは男女2組の双子という4人の子どもをもうけたのである。
だがイーヴは2組目の双子を生んだときのお産が重く、この世を去ってしまった。そこでリルは、同じくボォヴの娘でイームリの妹イーファと再婚した。ところが彼女は、夫が先妻の残した子どもたちを愛していることに嫉妬し、ドルイドの杖で4人を白鳥に変えてしまったのだ。
それだけではない。イーファは4人が白鳥の姿のまま、3か所の海や湖でそれぞれ300年を過こさなければならないという呪いまでかけたのである。呪いは900年後、北の王子と南の王女が結婚するときとけるのだが、4人はそれまでの問、人間の姿に戻ることはできないのだった。
怒ったボォヴは娘を「空気の悪魔」に変えて罰を与えたが、ドルイドの呪いはターナ神族にはとくことはできなかった。そしてこの日以降、リルが愛しい子どもたちと会うことは、二度となかったのだ。
哀れな子どもたちはアイルランドの海や湖を300年ごとに移動し、その日の来るのを待った。
時は流れ、ドルイドの呪いがとける日がやってきた。北の王子と南の王女が結婚することになったのである。だが、やっとの思いで人間の姿に戻れた4人を、新たな悲劇が襲った。なんと一気に900年分も年老いてしまったのだ。当然、腰の曲がった白髪の老人となった彼らの体は、それだけの年月の重みに耐えることはできず、あっという間に死んでしまったのである。
悲しい運命に翻弄された子どもたちは、キリスト教の司祭によって、ひとつの墓に一緒に埋葬されたという。

004.カラスに変身して戦士を鼓舞

戦場に死を求める3人の女神

死の女神モリガン、勝利の女神ネヴァン、怒りの女神マッハの3人は、ケルト神話の戦いの女神である。この3人姉妹はひと絶となって、三位一体神と見なされることもある。
彼女たちは戦場にカラスなど鳥の姿に変身して現れる。そして、その姿と叫び声で戦士たちがさらに激しく戦うよう、より残虐な殺教をして多くの血を流すようにそそのかすという。
また、敵に対しては逆に恐怖心を引き起こさせ、戦闘不能の状態にして打ちのめした。
たとえば、カラスに変身したネヴァンは戦士たちの頭上を飛びかって狂乱をもたらし、同士討ちをさせる。彼女はまた、戦士たちに水辺で血まみれの武具を洗う幻影を見せる「浅瀬の洗い手」と
しても知られるが、その武具
の持ち主は、近いうちに余
を菩としてしまうのだ。
マッハも同じくオオカラ
スの姿となって戦場を飛
び、無気味な叫び声を上げて戦士た
ちの間にパニックを引きおこす。そのうえ、なんといってもこの女神は、戦死者の首を食べてしまうのである。
ちなみに、ケルト戦士たちには倒した敵の首を切り落とし、釘を刺して門に飾る風習があるのだが、これは「マッハの木の実の餌」と呼ばれ、彼女に捧げられたものだという。
ところで、この三位一体神の第1人格ともいえるモリガンもまた、カラスの姿で戦場に現れるなど、戦いや復讐の女神であることは間違いないが、意外な一面もある。ふだんは恐ろしい老婆の姿をしているのだが、ときに美女の姿をとって男たちを誘惑するのだ。
あるとき、美女に化けたモリガンは、英雄クー・プーリンに愛をささやいた。だが彼は、その告白を一蹴した。
「今は戦いのときだ。愛にうつつを抜かしている
時間はない」
プライドを傷つけられたモリガンは復讐を誓った。それ以来、彼女はウナギや海蛇、狼などに変身してクー・プーリンの手足にからみつき、彼の戦いの邪魔をしたのである。
だが、後にふとしたことでクー・プーリンに命を救われた彼女は、それをきっかけに、何かにつけて彼の世話をやくことになったのだ。クー・プーリンが恵絶えたとき、彼のそばにつきそっていたのは、カラスに身を変えたモリガンであったといわれる。
ちなみに、この3人の女神はそろってケルトの王ヌァザの妃となり、ともにフォモール族と戦ったが、ネヴァンとマッハは邪眼の巨人バロールによって殺されたという。
また、モリガンはアーサー王の物語に登場する王の異父姉で、彼に敵対する魔女モーガン・ル・フ工イと同一視されている。

003.アイルランドにもたらされた神の恩寵

ダーナ神族の4つの秘宝

北方よりアイル一フンドに侵攻する前に、ターナ神族はそれぞれフィンディアス、ムリアス、コリアス、ファリアスと呼ばれる4つの島を訪れていた。彼らはそれらの島で、それぞれひとつずつ秘宝を手に入れた。その4つとは以下のようなものである。

●ヌアサの剣
(クラウ・ソラス=光の剣)と呼ばれるこの剣はフィンディアスからもたらされ、ターナ神族の王ヌアザが携えていた。ひとたび鞘から抜けば、周囲の敵の目をくらまし、標的を定めれば、だれも逃れることはできないという必殺剣だ。
ただし、ヌアザがこの剣を使いこなしたという伝説はほとんど見当たらず、フォモール族との戦
いでも、ヌアザ自身、邪眼のバロールに敗北しているので、他の秘宝に比べると、いささか地味かもしれない。

●タグザの大釜
豊篤と死と再生の神であり、かつターナ神族の最高神でもあるタグザの持ち物である。ムリアスからもたらされたこの釜で煮炊きした食べ物は、決して減ることなく、無尽蔵に人々をうるおしてくれる。
ちなみに、ウェールズの神話にも魔法の大釜が登場するが、これはブリタニア王よりアイルランド王への貢ぎ物だったという。その力はタグザの大釜とは異なり、死んだ兵士をひと晩煮ると、生き返るというものだった。ただし、延った兵士は口をきくことはできなかったという。

●ルーの橋
本来の名称は(ブリユーナク=買くもの)で、コリアスよりもたらされた、勝利を約束する槍だが、ルーに与えられたために、こう呼ばれるようになった。
この槍は穂先が5本に分かれており、それぞれの切っ先から放たれた光は、一度に5人の敵を倒すことができるという。そのため「投げると稲妻となって、敵を死に至らしめる灼熱の槍」などともいわれている。さらに、まるで生きていて意思を持っているかのごとく振舞い、自動的に敵に向かって飛んでいくのである。

●王を決定する聖石
アイルランドを支配する王が正当であった場合、この(リア・ファル=運命の石)に触れると、大きな声で叫ぶという。ファリアスから持ち込まれたものである。
リア・ファルは代々の王が君臨した王宮のある丘に据えられた平たい石である。かつて百戦のコン王と呼ばれた優れた王が、たまたまこの運命の聖石を踏んだところ、石はこれから後のコン王の子孫で、アイルランドを支配することになる王の
数だけ叫んだという伝説もある。

002.実現したドルイドの予言

邪眼の巨人と光の神の闘い

ターナ神族の太陽と光の神であるルーは、フォモール族に敗れた一族に、最終的な勝利をもたらした英雄である。彼はターナ神族の医術の神ディアン・ケヒトの息子キアンを父とする。だが、母エスリンはフォモール族の魔神・邪眼のハロールの娘なのだ。つまり、ルーは母方の祖父を長とする一族と戦い、これに勝利したことになる。
邪眼のバロールは恐ろしい巨人である。なんといっても、片目(左目とも額の第3の目ともいわれる) でひとにらみするだけで、相手を殺すことができるのだから……。その邪眼はふだんは閉じられているが、戦場では4人がかりでまぶたを押し上げるのだとか。彼のこの力は、幼いころにドルイド(ケルトの聖職者)だった父と仲間の僧た
ちが毒を使った魔法を行使しているのを目撃し、そのときに煙が目に入って以来、身についたといわれる。
実はバロールは、ドルイドの予言によって、自分が孫のルーに殺されるであろうことを知っていた。それを防ぐために、彼は娘のエスリンを塔に閉じ込めた。だが、キアンが塔に忍び込んでふたりは結ばれ、ルーが生まれたのだ。
ターナ神族とフォモール族双方の血を引くというその複雑な出生から、ルーは父方でも母方でもない、フィル・ボルク族の王妃によって育てられた。彼はまた、太陽と光の神のみならず、知識や医術、魔術、発明などあらゆる技能に秀でた神であった。それだけではない。戦闘の場では投石機や槍を巧みに扱ったことでもよく知られていた。
そんなルーは、ターナ神族に圧政を加えていたバロールを許すことができなかった。
「祖父とはいえ、バロールは必ず自分が倒す」
と、心に誓っていたのだ。
ただひとりバロールに立ち向かったルーは、彼の邪眼が開いた瞬間、そこをめがけて投石機を用い、石を投げつけた。
邪眼は石に貫かれ、バロールの後頭部から飛び出した。そして、巨人の後ろに陣取っていたフォモール族の兵士たちをにらみつけたのである。哀れ、兵士たちは自分たちの王であったはずの魔神バロールの邪眼によって全滅させられてしまったのである。
こうしてターナ神族を最終的な勝利に導いたルーは、長く一族の王として君臨し、後にその座を長老タグザに譲った。
そして、一族がミレー族に敗れて地下世界に退くと、彼はタグザからロドルバンの妖精の丘を与えられるのだ。
なお、ルーは後述するケルト神話最大の英雄といえる、クー・フーリンの父でもある。

001.王位を奪われたダーナ神族

銀の腕のヌァザ

ヌァザは、アイルランドへと侵攻してきたターナ神族の王だった。敵を逃すことのない魔法の剣クラウ・ソラスを所持した彼は、まさしく戦いの神だった。
ターナ神族はアイルランドの先住民族であるフィル・ボルク族と激しい戦いをくり広げた。そして、王であるヌアザは彼らを勝利に導くのだが、その代償として片腕を失ってしまった。
五体満足でない者は王ではいられない…・これがケルトの文化圏における提であった。
こうして、そのめざましい働きにもかかわ
らず、ヌァザはアイルランドの王となることはできなかったのだ。
ヌァザに代わって王となったのは、ターナ神族の血を引くフォモール族のブレスだった。だが、彼には王としての資質が著しく欠けており、法を無視し、欲のみに走ったその政治のために、アイルランドは荒れはててしまったのである。
そのころ、ヌァザは鍛冶と医術の神であるディアン・ケヒトが作った銀製の義手を身につけ、力を取りもどした。以降、彼はヌァザ・アルガト・ラム、すなわち「銀の腕のヌァザ」と呼ばれるようになった。さらに彼は、ディアン・ケヒトの恵子ミアハの手術により、失った腕を完全に再生することに成功した。
ヌァザの体は元通りになったのだ。
こうなるとヌァザに怖いものはない。彼は直ちにブレスから王位を奪還した。だが、ブレスはこれを不服とし、フォモール族に助けを求めたのだ。
こうしてターナ神族とフォモール族との戦いが勃発した。しかし、この戦いはフォモール族の勝利に終わり、ヌァザはターナ神族の王位を光の神ルーに譲る。
その後、再度フォモール族に戦いを挑んだターナ神族は、なんとか勝利を得ることができた。しかし、続いて出現したミレー族に敗れてしまったのである。
そして、ヌァザ以下のターナ神族は地下世界へと追放きれ、細々と生きることになってしまったのだ。このときヌァザには当時、王だったターナ神族の長老タグザから、住まいとなる妖精の丘アルム・シーが与えられた。
ちなみに、ヌァザに銀の腕を与えたディアン・ケヒトは、父である自分より腕のいい恵子ミアハに嫉妬し、彼をずたずたに切り裂いて殺してしまったという。
それだけではない。兄ミアハを生き返らせようとした娘アミッドが、マントに薬草を載せているのを見て、それをひっくり返してしまった。そのため、アミッドはミアハを蘇生する薬を作ることができなくなってしまったのである。