006.恋のために大事な武器を失った

フレイの宝剣

眉目秀麗な豊餞の神フレイは、アース神族とは異なるワァン神族の出である。ふたつの神族の戦いが終結し、その和解にあたって、彼と父親の二ヨルズ、妹のフレイアがアース神族の人質となり、アスガルドに移り住んだ。
神々は光のエルフが住む国アルフヘイムをフレイに贈り、その王とした。ちなみに、フレイとフレイアは双子の神で、北欧神話随一の美男美女として知られている。
フレイは素晴らしい宝物を持っていた。まず、
空中でも海上でも高速で走る黄金の猪。次に小さくたためば懐に入り、広げれば神々全員を乗せられるほど大きくなる伸縮自在の魔法の船。
とりわけ貴重だったのが、ひとりでに敵と戦う剣と、魔法の炎にも怯えることのない名馬であった。ところが彼は、恋ゆえにこのふたつの宝物を手放してしまうのだ。
「ああ、きょうも世界は平和だな」
フレイはアスガルドから世界を眺めていた。そして、地上に視線を移して目を見張った。美しい乙女を見つけたのだ。
「まるで光り輝くように美しい…:」
一瞬でフレイは恋に落ちた。乙女は霜の巨人ギミールの娘ゲルド。そこで彼は、従者スキールニルを巨人国ヨツンヘイムに送った。
「フレイ様、恐ろしい敵国に行くのです。どうぞ、宝剣と馬を私にお貸しください」「わかった、必ず役目は果たすのだぞ」 宝剣を腰に刺し、馬に乗ったスキールニルは意気揚々と出発した。[日的のギミールの館は、だれも近寄れないように魔法の炎で囲まれている。
しかしフレイの馬は、炎をものともせず乗り越えたのだ。館に入りゲルドの前にぬかずくと、従者は口上を述べた。
「わが主人はあなた様を妻に迎えたいと望んでいます。ぜひともアスガルドにお越しください」「お断りです。なぜ私が敵国に行き、フレイと結婚しなければならないのですか?」 この答えを聞くと、従者は宝剣を抜いた。
「この剣はひとりでに相手を殺します。拒絶なさると、あなたと父上の命はありませんぞ」「絶対に嫌です!」
「断れば、恐ろしい呪誼をかけますぞ」
ゲルドはついにあきらめ、泣く泣くフレイのもとに行くことを承諾したのである。
ちなみにこの後、どんないきさつで剣と馬がな
くなったかは不明である。散逸した神話の中に、関連する話がまぎれているという説もある。
ともあれ、フレイは愛しいゲルドを手に入れた代償として宝剣を失い、それゆえ巨人たちとの最終戦争である一フグナロクの際に、鹿の角で戦うはめに陥ったのである。