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011.北欧神話を代表する英雄

竜殺しのシグルズと運命の恋

北欧神話随一の人間の英雄シクルズ。その一生は決して幸福なものではなかった。
- シクルズはシグムンド王の恵子で、鍛冶の名手レギンが世話をしていた。あるときレギンは、シクルズに耳打ちした。
「悪竜ファウニ-ルを倒せば、名誉と莫大な財宝が得られますよ」 シグルズはレギンが鍛えた名剣グラムを持ち、彼とともに竜退治の旅に出た。
ファヴニールの棲み家に着くと、レギンは、
「留守のようですね。竜の通り道に穴を掘り、そ
こに隠れて帰りを待ちましょう」
と助言する。シクルズは剣を手に待ちぶせ、戻ってきた竜の心臓を下からひと突きにした。竜は断末魔の苦しみに毒を吐き、のた打ち回ったが、穴の中にいたシクルズは平気だった。
竜の死を確かめると、レギンはその力を手に入れようと目論み、シクルズに心臓を火にあぶるように頼む。彼はいわれるままに心臓を焼いたが、親指に火傷をして思わず指を口に入れた。そのとたん、彼は鳥たちの吉葉がわかるようになった。
指についた竜の血をなめたせいである。
「心臓を食べれば賢くなるのも知らずに、シクルズはだまされて火にあぶっているよ」「ファウニールはレギンの兄なんだよ。あいつは兄を殺させたうえにシクルズを裏切り、殺して財宝をひとりじめにする気だよ」 陰謀を知ったシグルズは、すぐさまレギンの首をはねた。それから竜の心臓を食べ、財宝も残らず手に入れた。こうして彼はいちやく「毒殺しのシクルズ」として、その名を高めたのだ。
シクルスは帰路、炎に囲まれた館で眠る娘ブリュンヒルドを救い出す。ふたりは恋に落ちた。
「私の妻はあなただけだ。必ず迎えにこよう」
固い約束を交わしたふたりだったが、シクルズはギューキ王の宮廷で王妃の陰謀にかかって、忘れ薬を飲まされ、恋人のことを忘れてしまう。そして王女クズルーンと結婚してしまったのだ。
その後、ブリユンヒルドを嫁にしようと目論む義兄クンナルに付き添い、シクルズは炎の館に向かう。炎が越えられないクンナルに代わり、彼は義兄に化けて館に入り求婚した。炎を越えた男と結婚すると決めていたブリユンヒルドは、この求婚を受けてしまう。
クンナルと結婚した後、ブリュンヒルドは真相を知った。そして、欺瞞のうえに成り立った結婚の報いとして、シクルズか、自分か、クンナルのいずれかが死なねばならないと夫に告げた。妻が死ぬことも自分が死ぬことも恐れたグンナルの指示で、シグルズは暗殺されてしまったのだ。

010.天地を揺るがす最終決戦

ラグナロク---神々の黄昏

迫りくる終末の予兆

北欧神話の大きな特徴は、神々が不死ではなく、その世界が壮絶な戦いの末にすべて滅んでしまうという終末予言にある。それは古くからラグナロク(神々の黄昏)と呼ばれた。
--神々は予言によって、いつか世界の終末がくることを知っていた。そしてそのときこそ巨人たちとの最終決戦の日だということも。
その日に備えて、オーディンは玉座から常に巨人たちの動向を見張り、アスガルドの入り口には番人ヘイムダルを常駐させていた。女戦士ワルキューレたちを戦場に放ち、戦死した勇者たちをたくさん集めさせ、ワルハラ宮殿で戦闘訓練をさせ
ていたのも、すべてラグナロクに備えるためだった。オーディンには、その日が近づいているように思えてならなかった。
(光り輝く恵子パルドルが死んだのは、世界にかげりがさす予兆だったのではなかろうか?) オーディンの予知は正しかった。世界はラグナロクに向かって、確かに動きはじめていたのだ。
地上からは美しいものや清らかなものが消え、人心は荒れ、悪と暴力がはびこった。兄弟は殺し合い、子が父と戦う……。
世界の終末を知らせるように日の光は徐々にかげり、身を切るような冷たい風が吹きすさび、雪はすさまじいほど降り積もった。厳しい冬が3年続き、すべての生き物は倒れ、死んでいく。

太陽と月は姿を消し、星も隠れて、世界は闇に覆われた。大地は揺れ動き、樹木は根こそぎ倒れ、山も崩れ落ちた。あらゆる命が巻き込まれ、あらゆる命が消える。
しかも、この世の悪を束縛していた鎖が飛び散り、封印が解かれた。魔狼フェンリルを拘束した魔法の鎖も、悪神ロキを縛った内臓の鎖もちぎれ、神々への復讐に燃えたふたりは地上に躍り出た。
沸き立つ海水の中から大蛇ヨルムンガンドが猛り狂って這い出してきた。
波が猛然と押し寄せ、川は溢れ、水が陸地を覆った。そんな大洪水の中、水底から幽霊船が浮かび上がる。乗り手は舵取りの巨人フリムのほかは死者たちだ。
フェンリルは下顎が地に、上顎が天に届くほど大きく□を開け、鼻から火を吹きながら、アスガルド目指して走ってきた。ヨルムンガンドも毒を吐きながら向かってくる。これまであまり接点のなかった、炎の世界ムスペルヘイムの巨人たちまで乗り込んできた。その先頭には、巨大な炎の剣を握った、灼熱の巨人スルトルが立っている。地獄の住人たちを残らず引き連れて、あのロキも駆けてくる。
さらに神々に恨みを抱く霜の巨人たちも、ここぞとばかりアスガルドに押し寄せた。

神々の壮絶な戦闘

この恐ろしい光景を見たアスガルドの見張り番ヘイムダルは、最終戦勃発の警告であるギャラルホルンの角笛を力の限り吹き鳴らした。それを合図に神々は戦闘準備を始め、オーディンはミ-ミルの泉に下り、買者の助言を仰いだ。
ヨルムンガンドに相対したのはトールだった。神々きっての強者と大蛇の血みどろの戦いは壮絶をきわめた。ついに勇者トールは自慢のハンマー・ミョルニールをふるって大蛇を倒す。しかし卜ールもまた、数歩下がるとばったりと倒れ伏した。大蛇の猛烈な毒に犯されたのだ。
その間、ヘイムダルはロキと相討ち
ついに戦闘の火ぶたは切って落とされ、神々とワルハラに居する戦士たちは、武器をとって戦場に向かう。先頭に立つのはオーディンだ。
グングニルの槍を構え、フェンリルに立ち向かう。だが激戦の末、オーディンは魔狼に飲まれて命を落としてしまう。それを見て、すぐさまオーディンの愛息ヴィザルがとびかかった。そしてフェンリルの顎を引き裂き、心臓に剣を突き立て、父の敵をとったのである。
になって、命を落としていた。ティールは死者たちの群れを相手に、孤軍奮闘していた。しかしこの勇敢な軍神も地獄の番犬ガルムと戦い、倒れた。
勇敢な女戦士ワルキューレたちは炎の巨人たちを相手に戦うが、全員が敗れ去った。
炎の巨人スルトルは、鹿の角で善戦するフレイをきらめく炎の剣で切り倒す。このときフレイに魔法の剣があれば、勝敗は変わっていたかもしれない。だが彼は、妻を手に入れるために、宝剣を手放していたのだ。
最後にスルトルは手にしていた炎の剣を投げつけた。剣から立ち上る灼熱の炎は世界樹ユグドラシルに燃え移り、やがて神の国は炎上した。炎に包まれた世界樹は倒れ、大地は海の底へ沈んでいった。こうして神々の世界は、予言どおり滅び去っていったのだ。
しかし、沈黙と暗黒の後には新たな日々が始まる。海底から青々とした新しい陸地が浮かび上が
ってきたのだ。その大地は種を蒔かずとも植物が育ち、収穫ができた。新しい太陽が生まれ、地上を温かい光で照らした。これまでの悪や罪はすべて消え去り、バルドルは復活し、光と美が世界に戻ってきた。
ほんの数人だったが、オーディンの息子やトールの恵子など生き残った神もいた。彼らは以前アスガルドがあった跡に集まり、神々の時代を懐かしんだ。一方、地上に炎が荒れ狂っていたときにも、ひと組の人間の男女、リブとリブトラシルは森の奥に隠れ、朝露をすすって命をつないでいた。
生きのびたこの夫婦は、その後たくさんの子を産み、やがて世界を満たすほどの子孫が生まれたという。
予言によると、いつの日か神々を超えた神、ひとりの超越的な存在が降臨してくるとされている。
しかし、それが何もので、どのような働きをする
のかは、謎に包まれたままである。

009.ティールはなぜ片腕になった?

魔狼フェンリルと魔法の鎖

「この狼の子は、ここで飼うことにしよう」
ロキと巨人の女との間に生まれた3人の子どもたちは、いずれも怪物だった。だが、長男の狼フェンリルは、オーディンのひとことでアスガルドで飼われることになった。普通の狼とさほど違いがないように見えたからだ。ほかのふたりはそうではなかった。海中に投げ込んだところ大蛇ヨルムンガンドとなった弟、地底深く投げ込んだところ冥界の女王ヘルとなった妹。
しかし狼は急速に巨大化し、貴から火まで噴くようになった。この凶暴な魔狼に餌をやる勇気があるのは軍神ティールだけだった。先々災いをもたらすとの予言もあったため、神々はフェンリルを拘束することにした。そして頑丈な鉄の鎖を作
ると、狼に力試しを持ちかけた。
「おまえならこんな鎖はすぐに切れるだろう」
「まあ、ためしに縛ってみるがいい」
フェンリルは体をひと振りしただけで、鎖をちぎった。そこで2倍の強さを持つ鎖で縛ったが、これも難なく引きちぎった。そこでオーディンは、ドワーフにグレイプニルという魔法の鎖を作らせた。材料は猫の足音、女の髭、岩の根、能…の腱、魚の息、鳥の唾液。鎖を作るのに使われたため、これらは以降、世界からなくなってしまったのである。
さて、神々は狼に魔法の鎖を示した。一見、絹紐にしか見えない代物だ。
「これは弱そうだが、かなり頑丈にできているのだよ。おまえに切れるかな? もし切れないような腰抜けなら、おまえは脅威でもなんでもない。
われわれの監視下から解放してやろう」
フェンリルは警戒した。どうも話が胡散臭い。
へたをすれば一生縛られたままだ。
「縛ってもいいが、約束を守るという保証に、だれかの腕をおれの口の中に入れてもらおう」 これを聞いて神々は尻込みした。だが、ティールのみが恐れることなく狼の口の中に右腕を差し込んだ。神々は素早く絹紐で狼を縛り上げる。フ
ェンリルは紐を切ろうと力を込めたが、どうしても切れない。なのに神々は解放してくれない。激怒した狼は、口中の腕を手首から噛みちぎった。そのようなわけで、ティールは片腕となったのだ。
フェンリルの捕縛に成功した神々は、絹紐を太い鎖に結び、その鎖を大きな岩に縛りつけ、岩を地中深く埋め、その上にさらに大きな岩を乗せた。それでもフェンリルは暴れ回ったので、上顎と下顎の間に剣を突き立てた。
こうしてフェンリルは、最終決戦の日までじっと縛られていたのである。

008.その悪意で世界を滅びへと導く

悪神ロキのもたらした災い

個性的な北欧神話の神々の中でも、とくに印象的なのが火の神ロキだ。彼は巨人族の血を引きながらもオーディンの義兄弟となり、アスガルドで暮らす。機知に富み、神々の急場を幾度も助けるが、悪意に満ちたいたずらを仕掛けては、神々を混乱させ苦しめる。
また、ロキと巨人族の妻との間に生まれた子が、ミッドガルドに巻きっく大蛇ヨルムンガンド、魔狼フェンリル、冥府の女王ヘルの3人で、彼らはやがて世界を破滅させる存在となるのだ。
ロキに関する逸話に、次のようなものがある。
--あるときロキは、トールの妻の金髪を切ってしまう。そして、罰としてかつらを求めてドワーフの国を訪れる。だが、その地で宝物作りの競争を引き起こしたあげく、数々の宝物をアスガルドに持ち帰る。怒ったドワーフは彼を訴え、神々の裁定によって勝訴した。賠償としてドワーフはロキの頭を要求するが、ロキは「負けたら頭をやるとはいったが、首に傷をつけていいとは約束していないぞ」 といい負かした。このときの宝物がオーディンの槍、トールのハンマー、フレイの船などである。
このように、彼のすることは結果として神々のプラスになることもあったが、厄介事のほうが多かった。
こんな詰もある。ロキは鷹におどされ、女神イドウンが番をしていた「売春のリンゴ」を盗んだ。
リンゴは神々の若さの源であり、これを食べられなくなった神々は、腰が曲がり年老いてしまった。結局、真実は神々の知るところとなり、ロキはリンゴを取り戻しにいくのだが、アスガルドに招いた混乱は大きかった。
ところで、ロキの引き起こした最悪の事件といえば、やはりパルドルの死だろう。
ロキは事件後、神々の宴に乱入。彼の死の真相を明かすとともに、神々の過去の罪や恥辱を暴きたて、彼らに恥をかかせた。激怒した神々の復讐を恐れ、ロキは魚に変身して川に隠れた。だが、オーディンに見つかって捕らえられ、洞穴に幽閉されたのである。
ロキは恵子の腸で岩に縛られ、頭上に毒蛇をくくりつけられた。いつもは2番目の妻シギュンが器を持って、滴り落ちる蛇の毒を受けているが、その器がいっぱいになって彼女が捨てに走る問は、毒が彼の顔を直撃する。するとロキは、大地が震えるほどの大声で叫び、身をよじって苦しむのだ。
これが地上でいう地震なのである。
最終戦争ラグナロクが勃発すると、ロキは巨人族につき、怪物の子どもたちを率いて神々に戦い
を挑むのだ。

007.美しきフレイアの屈辱

ドワーフの首飾り

神々の中で最も美しいといわれるのが、フレイの双子の妹フレイアである。彼女は実の女神として美しいものを愛したが、わけても誇りにしていたのは、フリーシンガメンと呼ばれる首飾りだった。実はこれを手に入れるために、彼女はかなり屈辱的な思いを強いられたのである。
あるとき旅の途中だったフレイアは、闇の妖精
が住む国を訪れた。そして、とある工房の前を通
りかかった。覗いてみると4人のドワーフ(小人)が、見たこともないほど美しい黄金の首飾りを作っている。フレイアは、その首飾りがどうしてもほしくなった。
「お願い、それを売ってくれませんか?」
「いや、これは金になんぞ代えられんな」
「それでは、あなた方がほしいものと交摸しましょう」「わしたちがほしいのは、あんただよ」 フレイアはゾツとした。醜いドワーフと同表するなど身の毛がよだつ。とはいえ、首飾りもあきらめきれない。結局、彼女は折れた。
「しかたないわ、では順番にひとり一夜ずつ、寝屋をともにしましょう」 こうして彼女は4挽かけて4人のドワーフと同蓑し、念願の首飾りを手にしたという。
ちなみに、この首飾りはその後もロキに盗まれたり、女装したトールが結婚衣装の上からつけたりと、北欧神話のエッセンスとして随所に登場することになる。
なお、ドワーフとの一件でもわかるように、フレイアはその美貌ゆえ、さまざまな男たちに狙われる。アスガルドの城壁作りを石工に化けて請け負った巨人は、報酬として太陽と月とフレイアを求めたし、トールのハンマーを盗んだ巨人は返すかわりにフレイアとの結婚を望んだ。
それというのも、彼女はもともと多情かつ奔放であり、その色気が男性を惹きっけずにおかなかったからだ。フレイアは夫がありつつも、多くの愛人がいた。特にお気に入りだったのが人間のオッタルで、彼を猪に変身させてそれに乗って移動することもあったという。
だがその反面、彼女は夫のオーズを愛する貞淑な妻の顔も持っていた。こんな話がある。ある日、夫が旅に出たままいなくなった。フレイアは彼を捜して世界中を旅した。そして、愛する夫を思って流した彼女の涙は、地中にしみ入って黄金にな
ったとされる。
一説によると、オーズはオーディンの別名で、フレイアは彼の愛妾であったともいわれる。
フレイアは愛の女神らしく、女性の美徳と悪徳をすべて内包した女神であったといえよう。

006.恋のために大事な武器を失った

フレイの宝剣

眉目秀麗な豊餞の神フレイは、アース神族とは異なるワァン神族の出である。ふたつの神族の戦いが終結し、その和解にあたって、彼と父親の二ヨルズ、妹のフレイアがアース神族の人質となり、アスガルドに移り住んだ。
神々は光のエルフが住む国アルフヘイムをフレイに贈り、その王とした。ちなみに、フレイとフレイアは双子の神で、北欧神話随一の美男美女として知られている。
フレイは素晴らしい宝物を持っていた。まず、
空中でも海上でも高速で走る黄金の猪。次に小さくたためば懐に入り、広げれば神々全員を乗せられるほど大きくなる伸縮自在の魔法の船。
とりわけ貴重だったのが、ひとりでに敵と戦う剣と、魔法の炎にも怯えることのない名馬であった。ところが彼は、恋ゆえにこのふたつの宝物を手放してしまうのだ。
「ああ、きょうも世界は平和だな」
フレイはアスガルドから世界を眺めていた。そして、地上に視線を移して目を見張った。美しい乙女を見つけたのだ。
「まるで光り輝くように美しい…:」
一瞬でフレイは恋に落ちた。乙女は霜の巨人ギミールの娘ゲルド。そこで彼は、従者スキールニルを巨人国ヨツンヘイムに送った。
「フレイ様、恐ろしい敵国に行くのです。どうぞ、宝剣と馬を私にお貸しください」「わかった、必ず役目は果たすのだぞ」 宝剣を腰に刺し、馬に乗ったスキールニルは意気揚々と出発した。[日的のギミールの館は、だれも近寄れないように魔法の炎で囲まれている。
しかしフレイの馬は、炎をものともせず乗り越えたのだ。館に入りゲルドの前にぬかずくと、従者は口上を述べた。
「わが主人はあなた様を妻に迎えたいと望んでいます。ぜひともアスガルドにお越しください」「お断りです。なぜ私が敵国に行き、フレイと結婚しなければならないのですか?」 この答えを聞くと、従者は宝剣を抜いた。
「この剣はひとりでに相手を殺します。拒絶なさると、あなたと父上の命はありませんぞ」「絶対に嫌です!」
「断れば、恐ろしい呪誼をかけますぞ」
ゲルドはついにあきらめ、泣く泣くフレイのもとに行くことを承諾したのである。
ちなみにこの後、どんないきさつで剣と馬がな
くなったかは不明である。散逸した神話の中に、関連する話がまぎれているという説もある。
ともあれ、フレイは愛しいゲルドを手に入れた代償として宝剣を失い、それゆえ巨人たちとの最終戦争である一フグナロクの際に、鹿の角で戦うはめに陥ったのである。

005.悪神ロキの好計が招いた

パルドルの死

パルドルはオーディンと妻フリックの間に生まれた、美しく賢く優しい若者だった。万人に愛された彼が行くところは、すべて喜びと光が溢れていたのである。
だが彼は、夜ごと自分の命が危機にさらされる悪夢を見るようになる。これを心配した母は、世界中のすべてのものに、恵子を傷つけないように頼んだ。鳥や獣などの生物はもちろん、火や水や病気など命のないものにさえ頼んだのである。
彼らもこれに応えて誓った。
「決してパルドル様には危害を与えません」
こうして彼は、あらゆる危険から免れる体になったのだ。
あるとき神々は、そんなパルドルにさまざまなものを投げるという遊びに興じていた。誓いのおかげで、槍を投げても矢を射ても彼には刺さらない。これを見て、悪だくみにたけたロキは、なんとか彼を傷つける方法はないかと考えた。
そこで老婆に姿を変え、フリックを訪ねて探りを入れたのだ。ロキは尋ねた。
「不思議なことに、何をぶつけてもパルドル様には当たらないのですよ。なぜでしょうね?」「当然ですよ、世界中のものが恵子を傷つけないと誓ったのですから。ただ、ヤドリギだけはまだ幼すぎて、誓いを立てさせるのは無理でしたけどね・…⊥ 耳寄りの情報を聞いたロキは、さっそく小さなヤドリギを抜くと先を尖らせ、パルドルの兄弟で、盲目のために遊びの輪から外れていたへズルに近づいた。
「なぜ、きみは投げないんだい?」
「目が見えないし、武器も持ってないもの」
「なんだ、それならこの棒を使えばいい」
へズルはロキに騙され、彼が指示する方向にヤドリギを投げた。棒は一直線に飛んでパルドルの胸を貫き、その命を奪った。
嘆き悲しんだフリックは、だれか冥府からパルドルを連れ帰ってほしいと願った。これに応えたのが、剛勇ヘルモッドであった。彼は冥府へ向かい、女王ヘルにパルドルを復活させるよう頼んだ。
ヘルは答えた。
「地上のだれもが彼の死 いたを悼んで泣いているというなら、生き返らせてやろう」 ヘルモッドがヘルの言葉を伝えると、神々は世界中に使いを出し、パルドルのために泣くように訴えた。すると、本当に全世界のあらゆる生物や無生物が泣き出したのである。
ところがただひとり、洞窟にいた老婆だけが泣かなかった。このためパルドルは、冥府にとどまることになったのだ。もちろん老婆の正体はロキで、このことから彼はやがて神々に捕らえられ、罰を受けることになるのである。

004.雨族の威信を賭けた一騎討ち

雷神トールと巨人の闘い

アスガルドの神々の中で一番の豪傑といえば、赤髭の巨漢トールだろう。その怪力を示す逸話には事欠かない。
オーディンが駿馬スレイプニールに乗り、霜の巨人が住むヨツンヘイムを通りかかったときのこと。巨人フルンクニールが声をかけた。
「よい馬に乗っているが、わしの黄金のたてがみを持つ牝馬のほうが、もっと名馬だな!」 そして、フルンクニールは愛馬に飛び乗り、オーディンを追いかけた。オーデインはアスガルドの門に向かって馬を駆る。
だが、オーディンが入った後、門が閉じられる寸前、巨人も中に飛び込んだ。入ったからには、巨人といえども客人である。しかたなく神々は酒を勧めて歓待した。酔った巨人は思わずロを滑らせてしまう。
「わしは無敵だ。アスガルドの神々など皆殺しにして、いつかこの国を手に入れてやる」 これには神々も怒りを露にし、トールが呼ばれた。そして後日、彼は巨人と決闘することになったのだ。
フルンクニールは石の頭、石の心臓、石の楯を持ち、武器は巨大な火打ち石。一方トールの最大の武器は、投げれば敵を撃った後に手元に戻り、掲げれば雷を落とすミヨルニールというハンマⅠだ。そこで巨人たちは士をこね、身長9マイル(約14キロ)、肩幅3マイル(約4・8キロ)もある巨人を作り、牝馬の心臓を入れて従者とした。対するトールの従者は、切れ者のシァルファイである。
決戦のとき、シァルファイは叫んだ。
「フルンクニール! おまえの自慢の楯は、なんの役にも立つまい。トール様は武器を足元に向かって投げるはずだからな」
巨人はあせって足をかばい、楯を大地に置いた。楯を放したフルンクニールに、トールは二元に襲いかかった。牝馬の心臓しかもちあわせない巨人の従者は、主人の危機にもかかわらず、恐怖にかられ逃げ出してしまった。
トールのハンマーはフルンクニールの武器とぶつかって、激しい火花を散らした。火打石は粉々に砕け、神の鉄槌は巨人の頭を打ち砕いた。こうしてトールは一騎討ちに勝利したのだ。
ところが、倒れた巨人の下敷きになったトールは、身動きがとれない。そこにやってきたのが、トールの息子マク二だ。息子は巨人の体を軽々と動かし、父を救出した後にこういった。
「こんな巨人は、私の拳でやっつけたのに」
このマク二、このときわずか生後3日目だったというから驚きである。トールは喜び、巨人の愛馬(黄金のたてがみ)を与えたという。

003.神々の国に君臨する最高神

知識と片目を引き換えたオーディン

オーディンは、巨人ユミルの体から世界を創造した北欧神話の主神だ。神々の住むアスガルドと人間の住むミッドガルドを支配している。
彼は戦争と死の神、知識と詩文の神、また魔術をも自在に操る神だ。彼の姿は長い白髭をたくわえ、つばの広い帽子をかぶり、槍を持った老人として表される。片方の目はつぶれているが、もう一方の目は真実を見抜く鋭い光を放っている。
実は彼が隻眼(せきがん)となったのには理由があった。
世界の中心にはユクドラシルがあり、宇宙を買いてそびえている。この木の根元にはふたつの泉があった。ひとつはウルズの泉で、3姉妹の女神たちが泉から水を汲んではユクドラシルにかけ、枯れないように守っている。
もうひとつはミーミルの泉で、知恵と知識が蓄えられている。番人である巨人ミ-三ルは、泉の水を飲んでいたので、だれよりも賢い。
そんなミーミルの泉を、オーディンが訪れた。
彼は知識を求めて世界中を旅していたが、さらに賢くなりたいと考えたのだ。そこでミーミルに、「ひと口でよいのだ、わしにこの泉の水を飲ませてはくれまいか?」 と頼んだ。だが、巨人は拒絶した。
「おいそれと飲ますわけにはいかん」
「では、どうすれば水をくれるのかな?」
「おまえの目をひとつもらおう」
どうしても賢くなりたかったオーディンは、すぐさま片方の目をえぐり出し、ミ-ミルに差し出した。こうしてオーディンは隻眼となったのだ。
だが、片目を犠牲にして泉の水を飲んだオーディンは、より賢くなったのである。
オーディンはまた、ルーン文字を発明した。そして、そのために文字の秘密を知ろうと、9夜9日にわたる荒行を行ったのである。それは世界樹に首を吊るして苦しみながら、さらに椙で自分の体を貫くという凄まじいものであった。
なお、日ごろウルハラ宮殿の玉座に座り、全世界を見わたすオーディンの肩には、ブギン(思考)とムニン(記憶)と呼ばれる2羽の烏が止まっている。彼らは世界中を飛び回って情報を集め、オーディンに報告するのだ。
一方でオーディンは、勇敢に戦って死んだ戦士の魂を集め、ウルハラ宮殿に住まわせていた。そこでは日夜、激しい戦闘訓練が行われる。だが、敗れた者も日没とともに廷り、夜毎に宴会が催されるのだった。
オーディンにとって、世界を見張ることも戦闘訓練も、すべて来るべき巨人たちとの最終決戦に備えてのことであった。

002.北欧神話の中核をなすモチーフ

世界樹ユグドラシルと且属麻原

北欧神話の世界には、宇宙の中心にあってこの世界を支えている巨大な樹木という壮大なモチーフが登場する。
それが「ユクドラシル」だ。
ユクドラシルは、オーディンら3人の神によって殺害された原初の巨人ユミルの体から生えだした巨木である。
この木はトネリコとされており、ユクドラシルとは「オーディンの神の馬」という意味だという。なお『古エッタ』によれば、ユクドラシルの広く張り出した3本の根が伸びた先には、以下のような9つの世界がある。
①アスガルド/アース神族の神々が住む領域。オーディンの居住するウルハラ宮殿などがある。
②ヴアナヘイム/アース神族と敵対し、後に和解したヴアン神族の神々が住む領域。
③アルフヘイム/天空近くにあり、光のエルフたちが住む領域。
④スヴアルトアルフヘイム/地下にあり、闇のエルフたちが住む領域。
⑤ミッドガルド/人間が住む領域。北欧諸国の王たちが統治している。
⑥ヨツンヘイム/霜の巨人たちと丘の巨人たちが住む領域。
⑦ムスペルヘイム/南方の炎の領域。炎の巨人たちが住む。
⑧ヘルヘイム/死者たちの領域。冥府の女王ヘルが君臨する。地獄=ヘルの語源でもある。
⑨ニブルヘイム/北方の氷の領域。ユクドラシルの根をかじる二ドペグと呼ばれる蛇が棲息。
この他、ユグドラシルには3つの魔法の泉がある。ヨツンヘイムに向かう根にあるミーミルの泉、アスガルドに向かう根にあるウルズの泉、二ブルヘイムに存在し、二ドペグと呼ばれる蛇が棲息するフヴ工ルゲルミルがそれである。
なお、この巨木にはさまざまな生き物が寄生している。ウルズの泉には2羽の白鳥がいるし、梢には巨大な鷲がいて、その羽ばたきで世界に鳳を送り込んでいる。この鷲はフヴ工ルゲルミルに寄生する蛇と敵対しているとされる。というのも、両者の問を行き来して、互いの悪口を吹聴しているリスがいるからである。
さらに、枝と枝の間では常に4頭の鹿が走りまわり、その葉を食い荒らしている。梢の頂に棲息する雄鶏はその場き声で神々の眠りを覚まし、悪霊を追い払う。ちなみにこの雄鶏は光り輝いており、その光で世界を照らしているのだ。
一方、ユクドープシルに支えられた世界の周辺には大洋が広がっている。そして、その大海には、自らの尾をくわえ込んで世界をぐるりと取り囲む、大蛇ヨルムンガンドが棲息しているといわれる。