008.その悪意で世界を滅びへと導く

悪神ロキのもたらした災い

個性的な北欧神話の神々の中でも、とくに印象的なのが火の神ロキだ。彼は巨人族の血を引きながらもオーディンの義兄弟となり、アスガルドで暮らす。機知に富み、神々の急場を幾度も助けるが、悪意に満ちたいたずらを仕掛けては、神々を混乱させ苦しめる。
また、ロキと巨人族の妻との間に生まれた子が、ミッドガルドに巻きっく大蛇ヨルムンガンド、魔狼フェンリル、冥府の女王ヘルの3人で、彼らはやがて世界を破滅させる存在となるのだ。
ロキに関する逸話に、次のようなものがある。
--あるときロキは、トールの妻の金髪を切ってしまう。そして、罰としてかつらを求めてドワーフの国を訪れる。だが、その地で宝物作りの競争を引き起こしたあげく、数々の宝物をアスガルドに持ち帰る。怒ったドワーフは彼を訴え、神々の裁定によって勝訴した。賠償としてドワーフはロキの頭を要求するが、ロキは「負けたら頭をやるとはいったが、首に傷をつけていいとは約束していないぞ」 といい負かした。このときの宝物がオーディンの槍、トールのハンマー、フレイの船などである。
このように、彼のすることは結果として神々のプラスになることもあったが、厄介事のほうが多かった。
こんな詰もある。ロキは鷹におどされ、女神イドウンが番をしていた「売春のリンゴ」を盗んだ。
リンゴは神々の若さの源であり、これを食べられなくなった神々は、腰が曲がり年老いてしまった。結局、真実は神々の知るところとなり、ロキはリンゴを取り戻しにいくのだが、アスガルドに招いた混乱は大きかった。
ところで、ロキの引き起こした最悪の事件といえば、やはりパルドルの死だろう。
ロキは事件後、神々の宴に乱入。彼の死の真相を明かすとともに、神々の過去の罪や恥辱を暴きたて、彼らに恥をかかせた。激怒した神々の復讐を恐れ、ロキは魚に変身して川に隠れた。だが、オーディンに見つかって捕らえられ、洞穴に幽閉されたのである。
ロキは恵子の腸で岩に縛られ、頭上に毒蛇をくくりつけられた。いつもは2番目の妻シギュンが器を持って、滴り落ちる蛇の毒を受けているが、その器がいっぱいになって彼女が捨てに走る問は、毒が彼の顔を直撃する。するとロキは、大地が震えるほどの大声で叫び、身をよじって苦しむのだ。
これが地上でいう地震なのである。
最終戦争ラグナロクが勃発すると、ロキは巨人族につき、怪物の子どもたちを率いて神々に戦い
を挑むのだ。

007.美しきフレイアの屈辱

ドワーフの首飾り

神々の中で最も美しいといわれるのが、フレイの双子の妹フレイアである。彼女は実の女神として美しいものを愛したが、わけても誇りにしていたのは、フリーシンガメンと呼ばれる首飾りだった。実はこれを手に入れるために、彼女はかなり屈辱的な思いを強いられたのである。
あるとき旅の途中だったフレイアは、闇の妖精
が住む国を訪れた。そして、とある工房の前を通
りかかった。覗いてみると4人のドワーフ(小人)が、見たこともないほど美しい黄金の首飾りを作っている。フレイアは、その首飾りがどうしてもほしくなった。
「お願い、それを売ってくれませんか?」
「いや、これは金になんぞ代えられんな」
「それでは、あなた方がほしいものと交摸しましょう」「わしたちがほしいのは、あんただよ」 フレイアはゾツとした。醜いドワーフと同表するなど身の毛がよだつ。とはいえ、首飾りもあきらめきれない。結局、彼女は折れた。
「しかたないわ、では順番にひとり一夜ずつ、寝屋をともにしましょう」 こうして彼女は4挽かけて4人のドワーフと同蓑し、念願の首飾りを手にしたという。
ちなみに、この首飾りはその後もロキに盗まれたり、女装したトールが結婚衣装の上からつけたりと、北欧神話のエッセンスとして随所に登場することになる。
なお、ドワーフとの一件でもわかるように、フレイアはその美貌ゆえ、さまざまな男たちに狙われる。アスガルドの城壁作りを石工に化けて請け負った巨人は、報酬として太陽と月とフレイアを求めたし、トールのハンマーを盗んだ巨人は返すかわりにフレイアとの結婚を望んだ。
それというのも、彼女はもともと多情かつ奔放であり、その色気が男性を惹きっけずにおかなかったからだ。フレイアは夫がありつつも、多くの愛人がいた。特にお気に入りだったのが人間のオッタルで、彼を猪に変身させてそれに乗って移動することもあったという。
だがその反面、彼女は夫のオーズを愛する貞淑な妻の顔も持っていた。こんな話がある。ある日、夫が旅に出たままいなくなった。フレイアは彼を捜して世界中を旅した。そして、愛する夫を思って流した彼女の涙は、地中にしみ入って黄金にな
ったとされる。
一説によると、オーズはオーディンの別名で、フレイアは彼の愛妾であったともいわれる。
フレイアは愛の女神らしく、女性の美徳と悪徳をすべて内包した女神であったといえよう。

006.恋のために大事な武器を失った

フレイの宝剣

眉目秀麗な豊餞の神フレイは、アース神族とは異なるワァン神族の出である。ふたつの神族の戦いが終結し、その和解にあたって、彼と父親の二ヨルズ、妹のフレイアがアース神族の人質となり、アスガルドに移り住んだ。
神々は光のエルフが住む国アルフヘイムをフレイに贈り、その王とした。ちなみに、フレイとフレイアは双子の神で、北欧神話随一の美男美女として知られている。
フレイは素晴らしい宝物を持っていた。まず、
空中でも海上でも高速で走る黄金の猪。次に小さくたためば懐に入り、広げれば神々全員を乗せられるほど大きくなる伸縮自在の魔法の船。
とりわけ貴重だったのが、ひとりでに敵と戦う剣と、魔法の炎にも怯えることのない名馬であった。ところが彼は、恋ゆえにこのふたつの宝物を手放してしまうのだ。
「ああ、きょうも世界は平和だな」
フレイはアスガルドから世界を眺めていた。そして、地上に視線を移して目を見張った。美しい乙女を見つけたのだ。
「まるで光り輝くように美しい…:」
一瞬でフレイは恋に落ちた。乙女は霜の巨人ギミールの娘ゲルド。そこで彼は、従者スキールニルを巨人国ヨツンヘイムに送った。
「フレイ様、恐ろしい敵国に行くのです。どうぞ、宝剣と馬を私にお貸しください」「わかった、必ず役目は果たすのだぞ」 宝剣を腰に刺し、馬に乗ったスキールニルは意気揚々と出発した。[日的のギミールの館は、だれも近寄れないように魔法の炎で囲まれている。
しかしフレイの馬は、炎をものともせず乗り越えたのだ。館に入りゲルドの前にぬかずくと、従者は口上を述べた。
「わが主人はあなた様を妻に迎えたいと望んでいます。ぜひともアスガルドにお越しください」「お断りです。なぜ私が敵国に行き、フレイと結婚しなければならないのですか?」 この答えを聞くと、従者は宝剣を抜いた。
「この剣はひとりでに相手を殺します。拒絶なさると、あなたと父上の命はありませんぞ」「絶対に嫌です!」
「断れば、恐ろしい呪誼をかけますぞ」
ゲルドはついにあきらめ、泣く泣くフレイのもとに行くことを承諾したのである。
ちなみにこの後、どんないきさつで剣と馬がな
くなったかは不明である。散逸した神話の中に、関連する話がまぎれているという説もある。
ともあれ、フレイは愛しいゲルドを手に入れた代償として宝剣を失い、それゆえ巨人たちとの最終戦争である一フグナロクの際に、鹿の角で戦うはめに陥ったのである。