009.呪いの予言で命を落とした英雄

ディルムッド・オディナと魔の猪

クー・フーリンの時代から約300年後。アイルランドにまたも英雄が生まれた。
ディルムッド・オディナ。フィアナ騎士団の勇者である。フィアナ騎士団はターナ神族ヌアザの曾孫フィン・マッコールによって創設された騎士団だ。2本の魔法の槍と2振りの魔法の剣を自在に操る彼は、フィンへの忠誠心も厚い騎士だった。
だが、彼もまた、クー・フーリンと同様に悲惨な最期を運命づけられていた。
ディルムッドの父は息子を愛の神オェンクスに養子として預けた。ところが、彼の母はこの間にオェンクスの家来ロクと関係を結び、不義の子を生んでしまう。怒った父はその子を腰の間で押しつぶし、殺してしまったのだ。
怒りと悲しみにうちひしがれたロクは、わが子の死体をドルイドの杖で打った。すると、死体から1頭の魔猪が飛び出し、「ディルムッドを殺す、必ず復讐してやる」 と叫び、山に逃げ込んだのである……。
やがて成長したディルムッドは、美しく勇猛な騎士となった。あるとき、騎士団の長フィンが再婚することになった。ところが、婚礼の席でディルムッドを見た花嫁グラーニャが、あろうことか、彼にひと目惚れしてしまったのだ。
グラーニヤの熱愛に押されたディルムッドは、
しぶしぶながら駆け落ちに応じた。
怒りに燃えるフィンの追跡を避けながら、ふたりは逃げつづけた。
7年後、オェンクスらのとりなしでようやく怒りが収まったフィンは、ふたりの帰国を許した。妻と5人の子どもとともに領地に帰ったディルムッドは騎士団に戻り、前にも増してフィンへの忠誠を誓った。
だが、フィンは彼を許し
ていなかったのだ。
復讐のためにフィンは猪狩りを計画した。場所は、あの魔猪が潜んでいる山中である。
実はディルムッドは、父によって義理の弟が殺されたとき、ある誓いを立てていた。それは「生涯、猪を殺さない」 というものだ。この誓いを守った結果、出現した魔猪に抵抗もせず、その牙によって致命傷を負ったのだ。ところが、彼には助かるチャンスがあ
ったのである。近辺にどんな傷でも癒す魔法の聖水が湧く場所があり、これはフィンの手ですくったときのみ効果を現すというものだった。
フィンは聖水をすくったが、二度にわたってそれを地面にこぼしてしまった。三度白にしてやっと彼が聖水を運んだとき、ディルムッドはすでに恵絶えていたのだ。
義子の死を悲しんだオェンクスは、彼の遺体を自らの支配する妖精の丘に運んだという。

008.夢見る乙女が招いた悲劇

騎士を破滅させた美女デイアドラ

「災いと悲しみを招く者」という意味の名前をもつディアドラは、幼いときから美貌で知られた娘だった。アルスター王コンフォヴォルは、そんな彼女を成長したら花嫁にするつもりで、人目から隔離して育てた。そのためか、ディアドラは世間知らずで、恋に恋する夢見がちな娘となった。
あるとき、ディアドラは勇敢な青年ノイシュの噂を聞いた。ノイシュを自分の運命の相手だと思い込んだ彼女は、知り合いの手引きで彼と会い、ひと目惚れした。そして、自分と駆け落ちするように迫ったのである。
だが、王の騎士であるノイシュが、主君の思い人と駆け落ちなどできるはずもない。ところが、断られてもディアドラは引かない。彼女はノイシュの両耳を引っばってささやいた。
「私を連れて逃げないなら、この耳は(不名誉)と(物笑い)の印となるでしょうね」
不名誉は騎士にとって耐えがたい汚名である。
ディアドラが王に自分にとってマイナスになることを告げ口するのを恐れたノイシュは、しかたなく駆け落ちに応じた。ディアドラとノイシュ、彼のふたりの兄弟は故郷を離れ、海を渡ってスコットランドに逃げた。ノイシュにも彼女に対する愛情が生まれ、平和な生活が続いた。
あるとき、コンフォヴォルから知らせが届いた。
それは次のようなものだった。
「ふたりの関係を許すから、アルスターに戻ってくるように」
喜んだふたりは王の真意を疑うことなく故郷に帰り、コンフォヴォルの城に赴いた。ところが、実は王のはらわたは、ふたりに対する怒りで煮えくりかえっていたのだ。城に着いたとたん、ふたりは引き離され、ノイシュとその兄弟は、王の友人イーガンに殺されてしまったのである。
ディアドラは王のもとに連れていかれ、1年間を彼のもとで過ごした。
あるとき、王は彼女に尋ねた。
「おまえのいちばん嫌いなものは何か?」
「あなたとイーガンです」
「それならそのイーガンにおまえをやろう」
こうしてディアドラは、恋人の仇に嫁がされることになった。だが、王とイーガンとともに婚礼場所に行くために馬車に乗せられたとき、彼女は思いがけない行動をとった。男たちの隙を見て、馬車から身を躍らせて飛びおり、岩に頭を打ちつけて自殺したのである。
自らの勝手な恋のために、名前どおりひとりの騎士に災いをもたらしたディアドラ。だが離れた場所に葬られたノイシュと彼女の墓からはイチイの木が生え、2本の木の枝葉はやがて絡みあって、
だれにも引き離せなくなったという。