004.人はなぜ希望を持てるのか?

人類の誕生とパンドラの箱

人間に味方したプロメテウス
ティタン神族のプロメテウスは(先を見る者)という意味を持つその名のとおり、遠い未来まで見通すことのできる賢い神であった。ティタン袖族とオリンボスの神々が争ったときも戦いの先を読み、自族ではなくゼウス側についたので、その功を認められ、オリンボスで暮らしていた。
あるときプロメテウスは、やはりゼウスに許された弟のエビメテウスと語らい、人間を作ることにした。プロメテウスは土をこね人間の男を作った。それを見たエビメテウスは、 「兄上、われらはこれまでに多くの生き物を作ってきた。そして鳥には翼を、獣には毛皮を、貝には貝殻をと、必要なものを与えてやった。だが、人間にはくれてやるものがない」
確かに人間は体を包む温かい毛皮もなく、丸裸で寒さに震えている。
「なるほど、では人間には火をやるとしよう」
火は神々だけが抜える大事なものであった。だが、人間を哀れに思ったプロメテウスは、ゼウスの罰を覚悟で火を与えたのだ。おかげで人間は、寒さに苦しむこともなくなった。さらに農耕や道具作り、医術など、さまざまな生きるための知恵も授けたので、人間はみるみる力をつけた。これを知ったゼウスは腹を立てた。
「プロメテウスめ、わしの許しも得ずに人間を作ったばかりか、余計な知恵までつけおって」

しかし、与えてしまったものは仕方がない。
そこでゼウスは人間に奉仕させようと考えた。
「人間があのように豊かになったのなら、われらに生け贅を差し出させるべきだ。人間と会合をもって神の取り分を決めたい」
そして、ある町で神と人間との会合が行われた。
ゼウス側についたとはいえ、ティタン神族をタルタロスに落としたゼウスを内心恨んでいたプロメFテウスは、人間に味方する決心をした。生け贅の牡牛を切り分けるときに、細工をしたのだ。味のいい肉や内臓は皮に包んでまずそうに見せ、骨は脂で包んでうまそうに見せた。そして、ふたつ並べてゼウスに勧めたのである。
「どうぞ、先にどちらかお選びください」
「よし、わしはこちらにしよう」
ゼウスは一見おいしそうな、たっぶり脂のついた酉を選んだ。まさにプロメテウスの思うつぼだった。後から気づいたゼウスは激怒したが、一度選んだものは神であっても取り消せない。これ以降、人間が動物を生け染にするときは、神々には骨と脂肪を焼いた匂いを捧げ、肉や内臓は人間がとる習慣ができたのだ。
だが、この出来事はゼウスに人間を罰するいい口実を与えてしまった。
「人間は、これから火を使ってはならぬ」
再び寒さに震える人間たちを見て、プロメテウスはこっそり火を盗み出すと、再び人間に与えた。

夜、オリンボスから下界を眺めていたゼウスは、暗い地上にチラチラ輝く赤い火を見つけ激怒した
「プロメテウスめ、これ以上は許さん!」
そして彼を捕らえ、決して切れない鎖でカウカソス山の山頂につないだのだ。
「プロメテウスよ、永遠に苦しむがいい!」
そして、ゼウスが放った大鷲はプロメテウスの腹を食いやぶり、内臓をついばんだ。しかも、その傷は夜の問に治るのだが、朝になるとまたも大賢がやってきて食いちらかすのである。責め苦は終わることなく、長い時を経て、勇者ヘラクレスにより助け出されるその日まで続くのであった。

厄災をもたらした美女パンドラ

ゼウスが罰したのはプロメテウスだけではなかった。その怒りは人間にも向いたのだ。彼は人間の住む地上に災厄をもたらすべく、土で美しい乙女を作らせ、パンドラと名づけた。人類初の女性の誕生である。
パンドラとは(すべてに恵まれた者)という意味である。彼女は神々から多くの贈り物をもらった。アフロディテからは男を引きつける美貌を、アテナからは美しいドレスを、アポロンからは音楽と治療の才能を……。
こうしてパンドラは、エビメテウスの元に送られた。彼は(後から考える者)という名のとおり、やや思慮が不足した男であった。そのため兄から、
「ゼウスからの贈り物は絶対に受けとるな」
という忠告を受けていたにもかかわらず、パンドラと出会い、ひと目で心を奪われてしまった。
「おお、なんと美しいのだ′ パンドラよ。どうぞ、私の妻になっておくれ」
「はい、エビメテウス様。おそばに仕えます」
こうしてふたりは結婚し、エビメテウスの住まいで新婚生活を始めた。あるときパンドラは、部屋に置かれている美しい箱に目をとめた。

「あなた、あれは何なのですか?」
「ああ、あれは兄からの預かりものだ。決して中を見てはいけないといわれているから、おまえも触ってはいけないよ」
だが、禁止されるとよけいに見たくなるものである。好奇心旺盛なバンドーフは我慢ができなくなり、夫が留守のときにこっそ
り箱を手に取った。
「ちょっと見るだけなら、かまわないわよね」
ところがふたを開けたとたん、病気や妬み、憎しみ、盗み::\ありとあらゆる災いが箱から飛び出してきた。プロメテウスが箱に
閉じ込めておいた悪しきものは、あっという間に世界中に広がってしまったのである。自らのしでかしたことに恐怖を覚えたパンドラは、急いでふたを閉めた。そのとき箱の中から声が聞こえた。
「お願いです。私を外に出してください」
「おまえはだれなの?」
「私は希望です」
考え深いプロメテウスは、もしものときのため に希望をも箱の中に入れておいたのだ。これ以降、 人間は多くの厄災にさらされることになるが、希望があるかぎり絶望せずに生きていけるのだった。