「ギリシャ神話」タグアーカイブ

022.夜空を彩るファンタジー

星座の神話

おおくま座

大神ゼウスは、狩猟の女神アルテミスのニンフ、力リストに目をつけた。何とか口説こうとしたが、主人が処女神だけに力リスト自身も処女を誓っている。そこでゼウスはアルテミスに化身して近づき、思いをとげた。その結果、彼女は処女を失っただけでなく、ゼウスの子を身ごもってしまうのである。
この事実をアルテミスにひた隠しにしていたカリストだったが、後日すべてが露顕してしまう。
「力リスト、なんじゃその腹は? 汚らわしい、すぐさま出てお行き!」
追放された力リストはやがて息子アルカスを生むが、それを知ったゼウスの妻ヘラは憎しみのあまり、彼女の髪をつかんで地に叩きつけた。許しを乞うて差しのべられたカリストの手は黒い毛に覆われていた。ヘラが彼女を熊に変えたのだ。獣になったカリストは、森の奥深くに姿を消した。
時が流れ、青年となったアルカスが森で狩りをしていたとき、1匹の牝熊に出会う。その熊こそ彼の母親だった。何も知らないアルカスは迷わず槍を突き出した。次の瞬間、ふたりの姿は消えた。
母子を哀れんだゼウスが天上に上げ、力リストをおおぐま座、アルカスをこぐま座としたのだ。
憎い母子が塁になったことを知ったヘラは、虫がおさまらず、
「あの者らが水浴びできないようにしておくれ」
と海神ポセイドンに頼んだ。そんなわけで、このふたつの星座は、決して水平線に沈んで海に入ることはできないのだという。

アンドロメダ座
メドゥーサの首を取ったペルセウスが空飛ぶ靴をはき、帰路についたときのこと。下界を見ると、海上に突き出た岩に、ひとりの乙女が縛りつけられている。ペルセウスは舞い下りて声をかけた。
「美しい娘さん、いったいどうしたのですか?」
「私は怪物の生け贅にされるのです……」
娘はエチオピアの王女アンドロメダであった。彼女の母が、娘の美貌は海のニンフよりまさるとといったため神々の怒りをかい、恐ろしい海の怪物の生け執具にされるのだという。
ペルセウスはこの乙女を助け出す決心をした。そのとき海面が大きくうねり、鯨の怪物が海上に顔を出した。そして大きな口を開け、ふたりに迫ってくる。ペルセウスはすかさず袋からメドゥーサの首を取り出し、怪物に突きつけた。すると、たちまち怪物は大きな岩になったのである。崖の上からすべてを見ていた国王夫妻は泣いて喜んだ。
ペルセウスは救出したアンドロメダと結婚した。
彼女はその生涯を終えると、天に召されて星になった。そばには常に、ペルセウス座が輝いているのである。

おうし座
フェニキア王女エウロパは、海辺近くで侍女たちと花を摘んでいた。オリンボスから下界を見ていたゼウスは、ひときわ目立つ美貌のエウロパに目をとめた。そこにエロスが愛の矢を射たため、ゼウスはたちまち恋の虜なったのである。
(うまく近づく方法はないかな? そうだー!)
ゼウスは白く美しい雄牛に変身すると娘たちに近づいた。それを見た娘たちは、この純白の牛と喜んで一緒に遊びはじめたのである。ところがエウロパがその背に乗ると、牛の歩みは急に速くなった。彼女は驚いて下りようとしたが、牛は海に入り、ぐんぐん泳ぎはじめた。エウロパはそのままクレタ島まで連れ去られてしまったのだ。
「怖がることはない、私はゼウスである」
島に着くとゼウスはエウロパにこう告げて真の姿を現し、彼女と結婚した。ふたりの間には、後にクレタ島の王となるミノスなどの子が生まれる。
その後ゼウスは再び白い雄牛へと姿を変えて天に上がり、おうし座となった。連れ去るときに雄牛が駆け回った地域は、彼女の名にちなみ、やがてヨーロッパと呼ばれるようになったのである。

オリオン座
オリオンは海神ポセイドン、もしくは大地の女神ガイアの恵子といわれる偉丈夫で、狩猟の達人だった。彼はキオス島の王の娘メロペに恋し、獲物をせっせと彼女のもとに運んだ。王は島を荒らす獅子を殺してくれたら、娘をやろうと約束する。
オリオンは難なく獅子を退治した。ところが王は、何かと口実を設けて結婚を先延ばしにした。しびれを切らしたオリオンは、酒に酔った勢いでメロペを犯す。王は激怒し、オリオンの目を刺して盲目にした。オリオンはその後、神託を受ける。
「東の島で朝日を浴びれば視力が回復する」
そこで苦労しつつ東に向かったところ、日光を浴びて視力が回復したのだ。後に彼はクレタ島に渡り、その地で狩猟の女神アルテミスの従者となった。だが、暁の女神エオスと彼が恋仲になったのを知ったアルテミスは怒り、彼を射殺する。ゼウスはそんなオリオンを天に上げ、星座にした。
別の神話によると、武勲を立て人々の称賛を浴びていたオリオンは、自分の存在は神々にも比肩しうると豪語した。彼の倣慢を神々が許さず、オリオンは女神ヘラの放った蠍に刺されて死んだ。なお、この功績で蠍は星座になっている。オリオンも星座になったものの、蠍を恐れて逃げ回り、さそり座が西へ沈むまで東から現れず、さそり座が東の空から現れると、西へ沈むといわれている。

021.美の女神の悲しき恋

アネモネになった少年アドニス

「シリア王の娘ミュラは、実の女神より美しいそうだぞ」
人間たちの噂を聞いたアフロディテは激怒し、恵子エロスに命じて、ミュラが父を恋するように仕向けた。愛の矢を受けて父に邪恋を抱いたミュラは、闇にまぎれて一夜をともにする。
相手が娘だと気づいた父王は怒り、彼女を殺そうとした。城から逃げ出したミュラは荒野をさまよい、やがて1本の木と化す。月満ちてその木が裂け、生まれたのが男児のアドニスだった。
赤子を取りあげたアフロディテは、冥府の女王ベルセフォネの館を訪れた。
「この子をしばらく預かっていただきたいの。必ず迎えにくるから」

こうして赤子は冥府で養育されることとなった。
やがてアドニスは、輝くばかりに美しい少年に成長した。こうなるとべルセフォネは、アドニスを手放すのが惜しくなってきた。迎えにきたアフロディテは少年を返さないベルセフォネに困り果て、ゼウスに裁きをゆだねる。その結果、1年の3分の1ずつをそれぞれの女神のもとで過ごし、残りはアドニスの自由にさせることが決まった。
少年は自由になる期間もアフロディテと過ごすことを望んだ。こうして1年の3分の2を、ふたりはともに過ごすことになったのだ。アドニスと一緒に暮らすうちに、戯れの恋に慣れていたはずのアフロディテが本気になった。少年は狩りが好きで毎日、獲物を追って野山を駆け回っていたため、アフロディテは心配でたまらない。
「狩りは危険だからおやめなさい」
しかしアド一一スは聞き入れなかった。一方ベルセフォネは、少年が自分よりもアフロディテを選んだことが面白くなかった。そこでアフロディテの情人である戦いの神アレスに、こっそり告げ口をした。
「あなたという恋人がいるのに、彼女は人間の少年に夢中になっていますよ」
腹を立てたアレスは、狩りをしている少年の前に大きな猪を放った。アドニスは焦って槍を突き出したが、猪に致命傷を与えることができない。
逆に手負いとなった猪は彼めがけて突進し、鋭い牙でその体を突き刺したのである。アドニスは悲鳴を上げてその場に倒れた。
白鳥が引く二輪車に乗って空を飛んでいたアフロディテは、悲鳴を聞いて急いで駆けつけた。
しかし女神が目にしたのは、血に染まって死んでいる愛しい少年の姿であった。女神は少年の体を抱き、涙にくれた。アドニスの血がこぼれた大地には、やがて血のように真っ赤な花が咲いた。後にこの花は、アネモネと呼ばれるようになる。

020.愛の矢が招いた悲劇

月桂樹に変わったニンフ・ダフネ

ある日、アポロンは弓矢で遊んでいた幼いエロスを見かけ、いたずら小僧とからかった。奴心ったエロスは、出会った相手に恋をする矢をアポロンに、その相手を毛嫌いする矢を近くで川遊びをしていたニンフに放った。一一ンフは河の神ペネイオスの娘ダフネであった。愛の矢に射抜かれたアポロンは、タフネを見かけた瞬間、恋に落ちた。
「ああ、美しい人よ。こんな思いは初めてだ。どうか私のこの思いを受けとめておくれ」
アポロンは燃えるような恋心を、彼女に打ち明けた。しかし、相手を毛嫌いする矢で射抜かれたダフネには、まったく通じない。彼女はアポロンを無視して逃げ出した。アポロンは焦って後を追い、なおも切々と訴える。
「逃げなくてもいいではないか。怪しい者ではない、私はデルフォイのアポロンだ。少しでいいから、私と話をしておくれ」
だが、タフネにとっては、相手がアポロンであろうがだれであろうが、恋など考えるだにうとましい。ただ無言で足を速めるだけだった。
アポロンは金髪きらめく、見るも麗しい神である。彼には自分の愛が受け入れられないなど考えもつかなかった。だから、タフネの名を呼びながら、ひたすら追いかけた。
足の速いアポロン相手では無駄だとわかっていても、ダフネは必死で逃げた。しかしアポロンは、すぐ後ろまで迫ってくる。アポロンの腕が伸び、ついに追いつかれそうになったとき、ダフネは河の神である父に助けを求めた。
「お父様、助けて!」
叫びながらタフネは川に向かって走り下りた。川岸にくるとダフネの足はぴたりと止まった。
すると、彼女の爪先から根が張り出してきた。天に向かって伸ばした両手からは、するすると枝が伸び、やがて青々とした葉が芽吹き、しなやかな体は茶色の樹皮に覆われ、幹となった。
タフネはみるみるうちに、1本の月桂樹に変わっていく。悲痛な叫びを耳にした河の神ペネイオスが、娘の願いを聞き届けたのである。 アポロンはこのありさまを、呆然として見つめていたが、愛する娘が永遠に失われたのを嘆き、月桂樹に向かって語りかけた。
「ああ、美しい人よ、私のあなたへの愛は永遠に変わらない。私はあなたが変身したこの木を私の木として、愛の証にしよう」
その後、アポロンは実らなかった恋の象徴として、月桂樹の枝を編んで冠を作り、かぶるようになった。やがてその冠は、アポロンが司る音楽や詩、スポーツに優れた者たちに与えられるようになったのである。

019.愚かな王の笑える逸話

ミダスと黄金の手とロバの耳

フリユギアのミタス王には、ふたつの面白い話が伝えられている。
あるとき人々が、上半身は人間だが馬の耳と足、尾を持つ老人を王宮に連れてきた。老人は酔って道ばたに寝ていたという。三タスはすぐにそれが、酒の神ディオニュソスの従者シレノスだと気がついた。シレノスは生まれながらに老いて賢いといわれる山野の神である。
ミタスは10日10晩にわたって祝宴を催し、シレノスをもてなした。その後、ディオニュソスの元に連れていくと、彼はたいそう喜んだ。
「わしの従者がすっかり世話になったな。礼として、望みをなんなりと叶えよう」
欲張りのミグスはここぞとばかりにいった。
「わしの手に触れるものすべてが、黄金になるようにしてください」
「よかろう、おまえの望みは叶えられた」
神が去った後、ミグスはそばの木を触ってみた。するとそれは、まばゆい光を放つ黄金の枝に変わった。道ばたの石でさえ黄金になる。
「おお、これでわしは大金持ちじゃ」
ところが食事となり、王が肉を手にすると、たちまちそれは黄金に変わった。食べ物も飲み物も、すべてが黄金になってしまう。しかも、うっかり触れたところ、愛しい娘まで黄金の彫像と化したのである。飢えと渇きに苦しみ、なおかつ娘を救いたいあまり、ミグスはディオニュソスに願いを取り消してほしいと頼んだ。「ならばパクトロス川に行き、体を洗うがよい」
王がそのとおりにすると、彼の力は川に移った。そんなわけで、パクトロス川の砂には黄金が混じっているのだという。
またあるときミグスは、アポロンと牧神パンが演奏の腕比べをしたときに審査員を頼まれた。すべての観客がアポロンの竪琴に軍配をあげたというのに、ミグスはパンの葦笛を勝ちとした。怒ったアポロンは、彼に呪いの言葉を投げかけた。
「音の良し悪しも聴き分けられないおまえに、人間の耳どいらん。ロバの耳で十分だ」
ミグスの耳はたちまち伸び、ロバの耳になった。これを恥じた王はそれ以降、頭巾を目深にかぶり、冒を隠していたのだが、理髪師だけにはどうにも隠すわけにはいかない。
「よいか、耳のことはだれにも話すでないぞ」
理髪師は絶対に他言しないと誓った。だが、秘密を守るのも限度がある。我慢できなくなった彼は草原に行き、穴を掘って秘密をささやいた。
「王様の耳は、ロバの耳」
理髪師は穴を埋めて立ち去り、穴の跡には葦が生えた。そして、葦は風が吹くたびにささやいた。
「王様の耳は、ロバの耳」と…・

018.闇の中でしか会えない夫

愛の神エロスが恋した女

ある国の王に3人の娘がいた。末娘のプシュケは絶世の美女だった。人々は彼女を称え、実の女神アフロディテを軽んじるようになった。屈辱にうち震えた女神は、恵子のエロスを呼んだ。
「おまえの矢で、あの女がこの世で一番下品で醜い男に恋するように仕向けなさい」
彼の矢に射られた者は、最初に見たものを愛さずにはいられないのだ。だが、エロスは誤ってその矢で自分を刺し、プシュケヘの愛の虜になった。
このころから、降るようにあったプシュケヘの結婚の申し込みがなくなった。これは彼女を他の男の妻にしたくないエロスの仕業であった。そのため、ふたりの姉は嫁いでいるのに、プシュケはひとりのまま。王は心配し、アポロンの神託を受けた。ところがそれは、
「娘を岩山に立たせれば、怪物が夫となろう」
という恐ろしいものだった。だが、神託に従わないわけにはいかない。プシュケは運命を受け入れ、岩山に立った。西風が彼女をさらった。気がつくとプシュケは美しい宮殿の中にいた。彼女の新たな生活が始まった。声だけの召使いにかしずかれ、夜のみ寝室を訪れる夫を待つ日々。姿を見ることは禁じられたが、暗闇でプシュケを抱く夫の腕は優しい。彼女は幸せだった。
「無事に暮らしていることを皆に知らせたいの」
妻の願いに、夫はしかたなく姉たちに会うことを許した。だが、怪物の夫と幸い日々を送っていると思っていた妹が豪華な暮らしをしているのを見て、姉たちは嫉妬した。そして、プシュケにこっそり夫の姿を見るようそそのかした。
ある晩、プシュケは夫が眠るのを待ち、ランプをかざした。目の前に浮かび上がったのは、美しい若者の姿だった。目を覚ましたエロスはプシュケに自分の素性を明かし、約束を破ったことを責めた後に婆を消した。後悔したプシュケは各地をさまよい、夫を捜した。だが見つからない。万策尽きた彼女はアフロディテの神殿を訪れた。
しかし女神の怒りは解けておらず、プシュケは数々の難題を与えられた。それらを達成した後の最後の課題は、冥府から実の秘薬を持ち帰るというものだった。無事に入手したものの、彼女は誘惑にかられ、秘薬の入った箱を開けてしまう。
ところが、箱の中身は美ではなく、冥府の眠り=死であった。エロスは死んだ妻に神の酒を飲ませて復活させ、神々の仲間とした。
ゼウスの仲介で母との仲も修復されたふたりは、正式に結婚することを許されたのである。

017.トロイアの木馬の発案者

オデュッセウスの帰還

トロイア戦争の戦況はギリシア軍有利に傾き、トロイア軍はついに城壁内に追い込まれた。戦いの原因となったパリスも戦死した。
だが、城はなかなか落ちない。戦いが長引いて、自国の旗色が悪くなるのを案じたギリシア軍の知将オデュツセウスは、l計を案じた。巨大な木馬を作らせ、その中に何十人もの兵士を忍ばせておいたのだ。次に陣を払い。船に乗って海に出る。
「見ろ! 敵が退却を始めたぞ!」
トロイア軍は飛び上がって喜んだ。そして木馬を神への貢ぎ物と思って城内に引き入れ、勝利の酒盛りを始めたのだ。
やがて要が果て、兵士たちが眠りこんだころ、木馬の中に身を隠していたギリシア兵が列に飛び出た。そして城門を開け、夜の間に舞い戻っていた自軍の兵たちを引き入れたのだ。ギリシア兵の猛襲により、無防備のトロイア兵は皆殺しにされ、城や町に火がかけられた。メネラオスはヘレナを取り戻し、10年にわたった戦いについに終
止符が打たれたのである。
トロイア陥落後、オデュツセウスは帰郷の途についた。だが、彼が故郷のイタケ島にたどり着くまでには、さらに10年という年月がかかったのだ。
- オデュツセウス一行の乗る船は、ひとつ目の巨人キュクロブスの住む島に着いた。ここで巨人に何人かの部下が食べられてしまう。オデュツセウスらはそのひとつ目をつぶし、やっとの思いで逃れるが、キュクロブスの父である海神ポセイドンの怒りをかい、以降、旅は困難を極めることになる。
魔女キルケの島では部下を豚に変えられた。美しい歌声で男たちを惑わす妖怪セイレンのいる海域を通る際は、船員に蝋で耳栓をさせ、自分の体をマストに縛りつけて難を逃れた。船や人を飲み込むカリユブディスとスキューフのいる難所では、
多くの部下を失った。
次にアポロンの牛のいる島に着くが、部下たちが生け贅の牛を食べてしまい、ゼウスの市田に打たれて船は沈没。部下は全滅してしまった。
ただひとりになったオデュツセウスは、巨人アトラスの娘カリユプソの住む島にたどり着き、熱愛されて数年を過ごした。しかし望郷の念が絶ちがたく、神に願ってカリユプソから解放された。
そのころ、イタケ島では20年もの主不在の問、館を守っていた妻ペネロペのもとに多くの求婚者が押しかけ、わがもの顔で振る舞っていた。やっとの思いで帰り着いたオデュツセウスは、恵子と協力して求婚者たちを追い払い、イタケ王の座と妻を取り戻したのである。

016.戦いに消えた稀代の英雄

アキレウスとトロイア戦争

総大将にアガメムノンをいただくギリシア連合軍とトロイア軍の戦争は、神々をも巻き込んで、10年という長きにわたった。トロイア軍にはパリスに味方するアフロディテをはじめ、アポロン、狩猟の女神アルテミス、戦いの神アレスらがつき、ギリシア軍にはこの戦争の遠因となったあの「パリスの審判」の際に、アフロディテに敗れたヘラとアテナのほか、ポセイドン、鍛冶の神へファイストスらがついた。
また、それぞれの軍には名を知られた英雄たちがいた。その中でも抜きん出ていたのが、ギリシア軍の英雄アキレウスであった。彼は「パリスの審判」を生むもととなった勇者ペレウスと海のニンフ、テティスの結婚によって生まれた子である。
アキレウスは不死身だった。そしてそれは、わが子に対する母テティスの贈り物でもあった。
「私はこの子を死なない身にしてやりたい」
そう思い決めたテティスは、冥府を流れるステユクス川に生後間もないアキレウスを連れていき、その水に浸したのである。だが、そこには落とし穴があった。テティスがアキレウスの両足のかかとをつかんでいたために、その部分だけが水に濡れず、不死の男のたったひとつの弱点となってしまったのだ。ちなみに、これが今も残る「アキレス腱」の由来である。
アキレウスは親友のパトロクロスとともにトロイア戦争に参加した。彼の獅子奮迅の働きは、敵を恐れさせるのに十分であった。だが戦いのさなか、愛妾を自軍の総大将アガメムノンに奪われたことに腹を立て、アキレウスは戦列を離脱した。
たちまちギリシア軍は劣勢となり、見かねたパトロクロスはトロイア軍を威圧しようと、アキレウスの鎧をまとって出陣する。
「アキレウスだノ アキレウスが戻ってきたぞ」
ギリシア軍の士気はおおいに上がり、戦いの趨勢もパトロクロスの活躍で優勢に転じた。そこに躍り出たのがトロイアの王子で勇名高いヘクトルであった。彼は敢然とパトロクロスに挑み、これを打ち破ったのである。
「神よノ 私の親友が死んだ!」
復讐心に燃えたアキレウスはヘファイストスの作った武具に身を固め、戦線に復帰する。そしてヘクトルに一腰討ちを挑み、これを討ちとった。
だが、アキレウスにも悲惨な最期が待っていた。戦いの最中に、ヘクトルの弟であるあのパリスによって討たれたのだ。パリスはアポロンにアキレウスの唯一の弱点を教えられ、そのかかとを矢で正確に射抜いたのである。

015.最も美しい女神はだれ?

パリスの審判がもたらした10年戦争

黄金のリンゴをめぐる女神の争い

ギリシア連合軍と小アジアのトロイア王国の問に繰り広げられた10年にもおよぶ戦い、かのトロイア戦争の発端は、ひとつのリンゴにあった。
- アルコー号の遠征にも加わった勇者ベレウスと海のニンフ、テティスが結婚することになった。結婚式はオリンボスの神々をすべて招いた盛大なものとなったが、実はただひとり、招かれなかった神がいた。不和の女神エリスである。腹を立てたエリスは華やかな祝いの場に乱入し、黄金のリンゴを宴会の席に投げ入れて叫んだ。
「最も美しい女神にこのリンゴを捧げる!」
その言葉を聞いて、美貌自慢のヘラ、アテナ、アフロディテの3人の女神が立ち上がり、それぞれリンコは自分のものだと主張した。自分こそが一番の実女と信じて疑わない3人は一歩も譲らず、結局、判定はゼウスに委ねられることになった。
だが、だれを選んでも禍根を残すし、恨まれるのは間違いない。任されたものの、裁きに困ったゼウスは、この難題から逃れることにした。
「裁定は、トロイアの王子パリスに任せよう」
と、パリスに下駄を預けてしまったのだ。
当時、パリスは王子でありながら、山で羊を追っていた。これには理由がある。生まれてくる王子が国を滅ぼすという凶夢を見た王妃へカベは、占い師にその子は災厄のもとになるから殺すように勧められる。そこで王プリアモスは、誕生直後の赤子であるパリスを殺すよう家来に命じた。
だが、赤子の命を奪うのにしのびなかった家来は、パリスを山に捨てた。その後、彼は羊飼いに拾われ、美しく蓬しい若者に成長していたのだ。
そんな彼のもとに、伝令の神ヘルメスに伴われ、3人の女神が現れた。自分が一番の美女だと裁定してもらおうと、彼女たちはパリスにそれぞれ取り引きを持ちかけた。大神ゼウスの妻ヘラはいう。
「私を選べば、おまえに最高の権力を授けよう」
知恵と戦いの女神アテナは約束する。
「私は、どんな戦いでも勝利する力を与えよう」
負けじと美と愛の女神アフロディテもいう。
「地上で最も美しい女性を授けよう」
どれも魅力的な申し出である。迷ったあげく、パリスはアフロディテの条件を選択した。
「アフロディテ様、黄金のリンゴはあなたのものです」
この瞬間、パリスは残るふたりの女神を敵に回したのである。

暗雲たちこめるトロイア

数年後、山を下りたパリスは国をあげて行われた競技大会に出場し、ことごとく勝利を収めて注目を浴びる。このとき予言能力を持つトロイア王女カッサンドラは、彼が自分の兄であることを見抜き、父王に伝えた。
「なんと、山で死んだと思っていたパリスが生きておったのか。さっそくこの王宮に迎えよう」
王は手放しで喜んだ。老いた王は、王妃が見た凶夢をすでに忘れていたのだ。王宮での生活にすっかり慣れたころ、王はパリスにスパルタ大使という重要な任務を与えた。だがこのとき、カッサンドラは不吉なものを感じ、父王に進言する。
「父上、パリスをスパルタに送るのはおやめください。わが国に悪しきことが起こります」
王はこの言葉を一蹴した。
「何を馬鹿なことを。またおまえのくだらん予言か。いいかげんにせい」
実は正確であるにもかかわらず、カツサンドラの予言にはだれひとりとして耳を貸さなかった。
それには理由がある。あるときカツサンドラは太陽神アポロンに求愛され、恋人になるかわりに予知能力を授かった。ところがその力は皮肉にも、やがて彼女がアポロンに捨てられるという未来を見せたのだ。傷ついた彼女は、アポロンの愛を受け入れようとしなかった。
「約束が違う! 私を愚弄したおまえの予言など信じる者は、この世にだれひとりいないだろう」
このアポロンの呪いによって、予言を信じる者はいなくなってしまったのだ。こうしてパリスは、スパルタへと旅立っていったのである。

パリスとへレネの出会い

「おお、なんと美しいのだ、これこそアフロデイテ様が私に約束された女に違いない」
スパルタに到着し、王妃へレネに会ったパリスは、ひと目で恋に落ちた。しかし相手は人妻である。悩むパリスをアフロディテが助けた。口実をもうけて王のメネラオスを国外に出し、城を留守にさせたのだ。その間にパリスはヘレネに迫った。
「ヘレネ、あなたほど美しい女性に出会ったのは初めてだ。どうぞ私の妻になってほしい」
アフロディテの力が働いたのか、ヘレネはくどき落とされ、パリスの愛に応えた。
「パリス様、私はこんなところにいたくありません。あなたの国にお連れください」
「もちろんだ、決して離しはしない」
激情にかられたふたりは、宮殿中の財宝とともに船に乗り、トロイアに逃げたのである。
帰国したメネラオスは、愛する妻を連れ去られたばかりか、財宝をも持ち逃げされたことを知るや怒り心頭に発した。そして、憤怒の気持ちを兄アガメムノンに訴えると、ミュケナイおよびアルゴスの王であるアガメムノンも激怒した。
「許せん! トロイア王家はギリシアを侮辱するのか。すぐに軍を起こして攻め入ろう!」
へレネと財宝の奪還を決意したメネラオスは、兄アガメムノンを総大将として復讐の軍を起こした。これにべレウスとテティスの恵子アキレウスをはじめとする全ギリシアの英雄が応え、こぞって参加する。これらの英雄たちを乗せた大艦隊はトロイアに向かって出発した。ひとつのリンゴから端を発したトロイア戦争の火ぶたが、ついに切って落とされたのである。

014.オイディプス、父殺しの悲劇

実現したアポロンの神託

「おまえの命は恵子によって奪われるだろう」
テーパイ王ライオスは神託を受け驚愕した。怯えた王は、生まれたばかりの息子を山に捨てた。
羊飼いに拾われた赤子は、コリントスの宮殿に連れていかれ、ポリユボス王に引きとられる。そしてオイディプスと名づけられ、王の息子として育てられた。成人したオイディプスは、自分の生い立ちに疑念を持ちはじめた。そこでデルフォイに赴き、アポロンの神託を受けた。だがそれは、「おまえは父を殺し、母を妻にする運命にある」
というおぞましいものだったのである。ポリユボス王と王妃を実の父母と思っていたオイディプスは、二度と故郷に帰らぬ決心をする。
旅の途中、山中の狭い道で従者を連れた男と道を譲る譲らないで争いとなったあげく、オイディプスはふたりを殺してしまう。実はこの男こそ、彼の父ライオスであった。
神託が半ば実現したのも知らず、オイディプスは旅を続け、やがてテーパイ近くに達した。そこには顔と胸が女で体が獅子の怪物スフィンクスがいて、旅人に謎をかけていた。謎が解けない旅人は食われてしまうのだ。怪物は彼にも謎を課した。
「朝は4本足、昼は2本足、夕方になると3本足になる生き物は何か?」
オイディプスは、たやすく謎を解いた。「答えは人間だ。人は赤ん坊のときは両手両足の4本を使って這い、成人すると2本足で歩き、老人になると杖を使って3本足で歩くからだ」

謎を解かれたスフィンクスは、恥じて崖から身
を投げて死んだ。
テーパイに入ったオイディプスは大歓迎を
受けた。というのも、ライオス王亡きあと、
次のような布告がされていたからだ。
「スフィンクスを退治した者には、王位と
先王の妻イオカステを与える」
オイディプスはイオカステを妻とし、王
位に着く。こうしてデルフォイの神託は完
全に実現した。
ふたりの仲はむつまじく、2男2女をもうけ
るが、彼が王になって以来、不作と疫病が続いた。
神託を伺うと、ライオス王を殺害した者を追放
せよと告げられる。そこでオイディプスは熱心に
殺害者を捜すが、調べれば調べるほど、それは自
分以外ありえないことを知った。しかも、彼が実
の母と結婚したことも判明したのである。
近親相姦の罪におののいた王妃は首を吊って自
殺し、オイディプスは自ら目玉をえぐり出した。
そして、大罪を犯したオイディプスはテーパイ
を追放され、娘に手を引かれあちこちさまようが、
コロノスという村で姿を消したという。

013.英雄たちとともに成しとげた冒険

アルゴ一号の遠征と魔女メディア

怠学宅を求めて危険な旅に出帆

イオルコス王の恵子イアソンは、王位を狙う叔父ペリアスによって、幼いときに山に捨てられた。しかし体が馬で上半身は人間というケンタウロスに助けられ、その庇護のもとに成長する。還しい著者になったイアソンは、叔父に王位を返上させるべく、イオルコスに赴いた。叔父は答えた。
「王位を譲ってやってもいい。ただしおまえが金羊毛を手に入れ、それを持ち帰ったら、だ」
金羊毛とは遠く黒海の彼方、コルキスにある世界に鳴り響く宝。決して眠らない竜が見張っていて、人は近づくことすらできないという。
「わかりました。必ずや持って帰りましょう」
イアソンは神々の助けを得て船を建造し、アルゴ1号と名づけた。そして遠征の参加者を募ったところ、優れた勇者が50人も集まった。その中にはヘラクレスやテセウス、オルフェウスといった、舌に聞こえた英雄たちも入っていた。
一行を乗せ、アル“コ-号は出帆する。だがその旅は、決して順調ではなかった。旅の途中、キジユコス王の島に立ち寄った一行は、島をあげての歓迎を受けた。しかし誤解から戦いとなり、一行は王と島民を殺してしまった。ベブリユクス人の国では王に拳闘の試合を挑まれ、このときもー行のひとりが王を撲殺してしまう。
その後、船はトラキアに着き、一行は賢者として知られる盲目のピネウス王に面会した。そこで、王の食事のたびに食べ物を奪う、ハルビユイア退治を頼まれる。この、老婆の顔と禿厩の翼を持つ怪鳥を追い払うと、感謝した王はコルキスへの道と難関を切り抜ける方法を教えてくれた。
その難関は(ぶつかり合う岩)と呼ばれるふたつの動く岩礁で、通り抜けようとする船をすべて押しっぶすというものだった。だが、イアソンたちはピネウス王の教えどおりに鳩を飛ばし、その後から船を進めた。鳩が岩の間を通過したとたん、凄まじい勢いで岩と岩がぶつかり、次の瞬間、反動で開く。アルゴ-号はその一瞬の隙を狙って、岩と岩の問を全速力で通り抜けたのだ。難題を克服し漂泊の旅にコルキスに到着すると、アイ工テス王は金羊毛を与えるにあたって、ある難題を持ち出した。
「青銅の角とひづめを持ち、鼻から火を吹く牡牛をくびきにつないで鍬をつけ、畑を耕してほしい。それができたら、畑に竜の牙を蒔くのだ」
さすがのイアソンも困り果てた。その夜、イアソンのもとへ王女メディアが忍んできた。
「私をあなたの妻にしてくださるなら、この難題を解決する方法をお教えしましょう」
美しいメディアにいい寄られ、イアソンは喜んで申し出を受ける。彼女は魔法に長けていた。
「私が調合したこの薬を全身に塗れば、牝牛の吐く炎で火傷することはありません。竜の牙からは兵士が現れるので、あなたの兜を投げるのです」
薬の効き目は確かで、イアソンは難なく牝牛に畑を耕させ、竜の牙を蒔いた。するとそこから兵士たちが生えてきて、イアソンに襲いかかった。彼が兜を投げると、兵士たちはそれを奪い合って同士討ちを始め、全滅したのである。
こうしてイアソンは難題を解決した。だが、王は金羊毛を渡そうとしなかった。そこでメディアが魔法で見張りの竜を眠らせている問に宝を盗み出し、一行は夜陰にまぎれて船を出したのだ。
彼らの逃亡に気づいた王は、船で追いかけてきた。あわや追いつかれそうになったとき、メディアはなんと連れてきた幼い弟を殺して死体を切り刻み、海に投げ込んだのである。王は船を停め、王子の亡骸を拾い集めた。その間にアルゴ-号は逃亡に成功したが、イアソンはメディアの冷酷さに怖気を震ったのである。
帰路も一行の旅は苦難の連続だった。メディアの残虐な行為に怒ったゼウスが起こした嵐のため、船は進路を大きく外れ、リビアまで流されたりもした。一行はこのとき、船を担いで砂漠から脱出している。数々の危機を切り抜け、イアソンたちは出発から4か月後、イオルコスに帰り着いた。

復讐に燃える魔女メディア

だが、金羊毛を持ち帰ったにもかかわらず、ペリアスはイアソンに王位を譲ろうとしない。業を煮やしたメディアは、恐ろしい策略を思いついた。
彼女は王の娘たちの目の前で、
「魔法の力で、お父様を若返らせてあげるわ。ちょっと見ててごらんなさい」
と大鍋に湯を沸かし、その中に老いた羊を投げ込んだ。そしてメディアが呪文を唱えると、たちまち羊は若返って鍋から飛び出してきた。娘たちは驚いて真似をしようと、宅王を鍋に投げ入れる。
だが、メディアが呪文を唱えなかったので、王は煮えたぎる鍋の中で死んでしまった。人々はこれを知ると、恐ろしい魔女とその夫を追放した。
ふたりはコリント国に流れ、そこで暮らすことになった。イアソンは残酷なメディアにほとほと嫌気がさしていた。そんなとき、コリント国王から彼に申し出があった。
「魔女と別れて、私の娘の婿にならないか?」
イアソンはこれを受け入れる。メディアは夫の裏切りを怒り、悲しんだが、最後には納得したかのように見えた。だがそれは、見せかけだった。
イアソンと王女との結婚式当日。王女はメディアから贈られた花嫁衣装に袖を通した。そのとたん、衣装が燃え出した。
「あ、熱い!、お父様、助けて!」
炎に包まれた花嫁は、娘を助けようとした王ともども焼け死んだ。そしてメディアは、イアソンとの間にできたふたりの子どもも殺し、竜車に乗っていずこともなく去っていったのである。
失意のイアソンはコリントを追われ、国々をさまよった末に、アルゴ-号が引き上げられていた
浜に戻ってきた。そして]朋れ落ちた船の下敷きになり、その数奇な人生に終止符を打ったのだ。